3.再会
その日は皆が、そわそわとしていた。
ついに、ルーファスがこの荘園にやって来るのだ。
今まで、ルーファスの贈り物と言えば、酒や加工食品などの皆への振る舞い物を始めとして、エミリアとジェシカへの上質の絹、本、宝石まで。人助けはしておく物だな、という現金な感想が飛び交い、そしてちょっとした宴が行われるのが毎年の恒例行事となっていた。
それが今年は、贈り主本人がやってくるのだ。どれだけ豪華な物がやってくるのかと、皆の期待が高まるのも無理は無い。
やがて、小高い丘から4頭立ての馬車と、それに伴走する騎馬の騎士たちが見えてきた。
遠くに見え始めた時から既に、荘園の皆は仕事を放りだして屋敷の前に集まり始めた。テレンスは苦い顔をしているが、父であるレスターが許しているのだから咎める事は出来ない。
豪華な馬車とぴかぴかの揃いの鎧を着た騎士たちが近付いてきて、やがて停まると皆のざわめきは最高潮になった。皆、旅の途中の貴族の馬車などは見たことがあるが、これほど凝った細工が施された豪奢な物は見たことが無かったのだ。
騎士たちが下馬し、ビシリと整列し馬車の中の人が現れるのを待つ。皆、固唾を飲みこみどんな少年が出てくるかと目を凝らす。
きっと、一目で高貴だと分かるような少年に違いないと、そう思いこんでいた。
従者によって馬車の扉が恭しく開けられ、中から降りてくる人を見て、皆は驚きに目を見張った。
藍色の仕立ての良い衣服に金の模様が刺繍された、見るからに手のかかった高級そうな衣服を着こなしたその人は、少年などではなく背が高くスラリとしたスタイルの、美しい青年だった。頭の先からつま先までぴかぴかで、こんな良い服を着た人は初めて見たと皆、感動さえしていた。
ルーファスは迷いなくエミリアの前まで歩み寄ると、じっと顔を見つめた。
エミリアも驚いたように、ぼぅっと彼を見上げてしまう。
ルーファスは目を奪われるほどに麗しく成長していた。
印象的な瞳は青みがかった水色で、エミリアが見たこともないような宝石のように煌めいている。髪は銀色でさらさらとして見え、すらりとした等身に小さな顔をバランスよく覆っている。
信じられないほど綺麗だが、近付き難くはないのは、優しげな笑みを浮かべているからだ。
それはまるでエミリアを受け入れようとするかのようで、思わずふらふらと寄って行きそうになる。エミリアは意思の力で足を止めた。なんとかその場で膝を曲げる淑女の礼をした。
どこからどう見ても、尊い身分の高貴な方だ。
銀の髪や水色の瞳は庶民の間ではなかなか見かけないことが一番の証だった。
そんなルーファスが、助けられて恩義を感じているのかここに立ち寄ってくれている。とても誇らしく嬉しい事だと、皆の顔は喜びに輝いていた。
けれど、エミリアは自制しなければと、そう感じていた。
彼は親しげな様子を見せてくれているが、助けたのは人として当然のことだ。あまり馴れ馴れしく思い上がった態度ではいけないと考えたのだ。
頭を下げると、ルーファスが声をかけてくれた。
「エミリア、久しぶりだね」
声も、少年の物ではなく大人のそれになっている。心地よく響く自分の名に、エミリアの身体は知らないうちにふるりと震えた。まだ少年と思い込んでいた彼の変貌ぶりになかなか頭が追いつかない。
「大きくなったわね……」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。思わず心の声を呟いてしまった。言ってから、挨拶もせずに失礼な事を口にしてしまったと失言にひやりとする。
だが、ルーファスは気を悪くした風でもなく、屈託なくにこりと笑った。
「エミリアのお蔭だ。君が助けてくれなかったら、俺は命を失くし、成長することもなかった。此処に戻って来られず、再会も出来なかっただろう」
「……!」
確かにそうかもしれない。けれど、改めてそう言われると胸がいっぱいというか、あの時に出会えて助けることが出来て、本当に良かったと感激してしまう。
ルーファスはエミリアの手を取って真摯に礼を述べた。
「改めて、お礼を。君は命の恩人だ。ありがとう、エミリア」
そしてそのままエミリアの手を唇に近付け、軽く口付けた。ただの挨拶だろう、そう分かっているのにエミリアの胸は高鳴った。
その高揚に冷や水を浴びせたのは、隣に居たテレンスだった。
「それで、一体どこの家中のどなたなんですかな? 先ず家名を名乗るのが常識という物でしょう」
見ると、テレンスは口元を歪め機嫌が悪そうだ。
半ばテレンスの存在を忘れ、ルーファスに見惚れていたエミリアは彼を諌められない。
ルーファスは特に機嫌を害した様子でもなく、柔和な笑みを浮かべたままちらりと背後に控える騎士に視線を送った。
すると騎士の中でも一際体格が良い男が前に進み出た。
「家名は故あって名乗ることは出来ない。だが、ここエルトワ王国ではなくヴィレカイムの国に住まう高貴な血筋の御方である」
その言葉を聞いて皆がざわついた。エミリアたちの住む王国ではなく隣国の貴族とは。この大陸では諸国が陸続きでいくつも連なっている。この地の隣国であるヴィレカイムでもたくさんの人々、貴族も暮らしているのだろう。
それに、確かに隣国の貴族だとおいそれと身分を明かすわけにもいかないのかもしれない。
エミリアも含む皆がそう思っていると、ルーファスはまたにっこりとして言う。
「身分はここでは無い物として接して欲しい。俺はただ、君に会いに来ただけだから」
「そう、ですね。それでは、改めまして。ようこそおいでくださいました、ルーファスさま」
「さまは要らない。ルーファスと呼んでほしい」
「えっと。とりあえず、中にお入りくださいませ」
さすがに、身分ある人を外にずっと立たせておくわけにもいかないだろう。エミリアが申し出ると、父も慌てて頷いた。
「そうです、どうぞ中へ。ようこそお越しくださいました。えーと、騎士の方々は……」
こういう時、御付の騎士たちには中に入ってもらった方がいいのだろうか。そういう事も分からずまごつくエミリアたちに、ルーファスが先回りして言った。
「皆には外で待っていてもらう。中に入るのは俺だけで結構」
「そういう訳には参りません。御身をお守りするのが我らの役目故」
ルーファスがそう言うと、先ほど進み出て説明した騎士が異議を唱えた。それを聞いてルーファスが訂正する。
「それではこの騎士、ヒューゴーだけ同室させてもらうが構わないだろうか」
「ええ、勿論ですとも。どうぞどうぞ」
ヒューゴーという騎士は背が高いだけでなく、いかにも鍛えていることが分かる均整のとれた体格であった。まだ若いようで、黒い髪も日焼けした肌も艶々としているが、表情はにこりともせず厳めしい。はしばみ色の瞳も、怪しい者が居ないか厳しく周囲を警戒しているようだ。
このヒューゴーとルーファスが並ぶと、まるで絵草子の中の主従のようだ。女性の皆はうっとりと二人に見惚れた。輝くような美貌の貴公子と、その護衛である逞しい騎士。人々の心をかきたて、ときめかせるには十分な組み合わせだった。
エミリアも、自身はそんなに軽薄に騒ぎ立てる性質ではないと思っていたのだが、二人を見ているとなんだかドキドキしてしまう。年頃の娘らしい浮ついた心を何とか落ち着かせ、エミリアにまばゆいばかりの笑みを向けるルーファスからそっと瞳を伏せた。
あらかじめ来客用に整えられた応接室へ、エミリアの父レスターが先導し始める。エミリアと母、そしてテレンスも移動しようと足を進めた時に、ルーファスが思いついたとばかりに口を開いた。
「そういえば、些少だが贈り物を持参している。外に置いたままにするのも不用心だろう。侍従から受け取って頂きたい。カデル、案内を」
カデルと呼ばれた、若く小柄ながらも目端が利きそうな青年が歩み出た。そして目録らしき用紙を見ながら話す。
「はい。馬車二頭分に様々な物を入れてありますので、分類しながら受け取って頂きたいのですが、どなたさまにお預けすればよろしいでしょうか」
エミリアたちは顔を見合わせた。家令などという高級使用人が居るような家ではない。ただ、最近は全てテレンスが管理しているので、となると彼しか居ない。
「ではテレンスに対応してもらおう。テレンス、頼むよ」
父に頼まれたテレンスは、応接室に心残りがあるようだったが仕方ないとカデルと連れ立って行った。話は聞きたいが、他の使用人に受け取らせるのも不安なのだろう。
テレンスとカデルを見送っていると、隣のルーファスがふっと笑った気配があった。
「……?」
不思議に思って見上げたエミリアだが、ルーファスは変わらない穏やかな笑みを浮かべ、そして手を差しだした。
「さあ、行こうか。お手をどうぞ」
「えっ……」
エスコートなんてされた事は無い。
戸惑うが、同時に嬉しくも思う。エミリアはおずおずと手を出した。
ルーファスは迷いなくその手を取る。
大人の、男性の手だった。記憶にあった、幼い子供の華奢な手が薄れていく。
時はそんなに経ったのだと、驚くばかりだった。




