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人助けをしたら、私にだけ優しい王子様にとんでもない執着をされてしまった  作者: 園内かな


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2.まだ恋を知らない

 屋敷に着くと、使者は応接室でエミリアの父母にもてなされていたようだ。

 いや、もてなそうとしたが固辞していたようで、エミリアを見かけると姿勢を正し恭しくお辞儀をした。


「エミリアさま、我が主より書状がございます。返事を賜るよう申し付かっておりますので、すぐにお目通し願います」

「え、ええ。ありがとう」


 そんなに改まった態度をされると、なんだか圧倒されてしまう。エミリアが待たせても嫌な顔一つ見せず、礼儀作法という物を叩きこまれているようだ。

 それに、衣装も立派で都会的に洗練されている。

 その全てが、ルーファスの身分が高く家格が比べ物にならないという事を物語っていた。

 促されるまま手紙を見て、少し驚いたもののエミリアは父にそれを手渡した。


「私の一存では決められませんので、父に任せます」


 エミリアに促され、父のレスターも手紙を見る。そこには、こう記されていた。


『手紙を出すのも久しぶりだね。近々、そちらの方に行く用があるので遊びに行ってもいいかな? 懐かしのかの地で会えると嬉しいよ ルーファス』


「勿論ですとも、是非お立ち寄りください」


 父が快諾し、母も楽しみだと顔をほころばせている。


(良かったわ、私が望むまでも無かった)


 思わずホッと吐息を漏らすエミリアに、使者はじっと視線を送り確認をするように口を開く。


「エミリアさまは、どうお考えでしょうか」

「私は、勿論お立ち寄り頂きたいわ。お父さまもお母様もそう望んでいらっしゃるし」


 使者は納得したのかしていないのか、曖昧な表情を浮かべて頷きルーファスに伝えると辞していった。

 父母を言い訳にしたと、己が一番分かっていた。




「八年も前に助けた、どこぞの貴族の息子だって? 一体今さら、何をしに来るのやら」


 案の定、その話を聞いたテレンスは文句を言い始めた。

 テレンスはエミリアの婿養子候補、そして荘園の跡継ぎ候補でもある。エミリアの父の遠縁から推薦された彼は、確かに有能で荘園管理の手腕は確かだった。

 王都で農業や森林についてと、会計学を学んできたとかで彼が助言した通りにすると収益は増え支出は減っていく。しかし、それに比例するように荘園に働く皆の不満は高まっているようにエミリアは感じていた。


「手紙には、近くに寄るから懐かしく思って、と書いてあったわ」


 エミリアが取り成すと、テレンスは肩をすくめた。

 此処はエミリアの家のダイニングルームだが、彼は我が家のように振る舞ってジェシカにお茶を淹れるよう言いつけたりしている。ジェシカは仏頂面のまま無言で去ってしまった。

 そんなジェシカに目をくれるでもなく、テレンスは思うままを言葉にしてエミリアにぶつける。


「大体、身分も領地も分からず、名字も名乗らず名前だけの奴なんて怪しいじゃないか。この家に入り込んで、何か良からぬ事を企んでいるかもしれない」

「まさか。助けた時はほんの子供だったのよ」

「八年経てば、成長もしているだろう。何歳くらいだったんだ」


 エミリアは少し考えて口を開いた。


「私は十歳くらいだったわ。彼はそれより年下に見えたから……」

「十八歳以下の少年か青年、と言ったところか。それにしても、全くの没交渉から突然来るなんて失礼な話だ」


 決めつけるテレンスに、エミリアは首を横に振って反論した。


「全くの没交渉ではないわ。毎年、感謝の品々を送ってくれていたし、近況を知らせ合う手紙はやり取りしていたもの」

「ああ、それは聞いた。だが、最近はあまり手紙も送っていなかったんだろう?」


 テレンスの伺うような視線に、不承不承に頷く。

 テレンスがこの荘園にやってきて一年ほどだが、彼は荘園の管理と同様にエミリアの言動にも細かく口を出していた。外出は誰と何処に行って何時帰宅するのか、買い物は何を買っていくらしたのか、手紙はどんな関係の誰とどのようなやりとりをしているのか、等々。


 特に何が駄目だと禁止される訳ではない。しかし、テレンスが詳細を尋ねる度にエミリアの中でやる気という物が削がれ、最近は手紙を前にしても筆が乗らずに何も書けずにいた。

 ルーファスとの他愛ない話を交互にする文通は癒されるし、楽しかった。しかし、年下の少年に癒しを得て今の状況から逃避するのは良くない、と思い始めてしまったのはテレンスの干渉と無関係ではない。


 テレンスに『今日は何をしてどう過ごしたか』と尋ねられた時はいつも、なんだか楽しんでいると咎められるようだった。悪い事でもしているような気持ちになってしまうのだ。こんな風に考えてしまうのも、彼と自分が合っていないからではないか、と頭に過ぎる。


「とにかく、お父さまも了承済みだし、お母さまも喜んでいるわ」


 これで話はお終いだという風に締めくくると、テレンスは鼻で笑う様子を見せた。


「どうかな。義父も義母も、甘い所があるからな。親切は美徳だが、過ぎると付け込まれる。使用人たちもそれに甘えてサボりがちだ」


 この辺りが、一番考え方が違うなと感じてしまう。

 荘園で働く皆はよくやってくれていると思う。皆、楽しそうにお喋りをしたり歌ったりしながら働いている。会話や歌の中でも、コミュニケーションや過去の知恵の共有なんかが出来る物なのだ。


 しかし、テレンスに言わせるとお喋りなど不必要で黙って働けと、そういう考えらしい。

 皆の話や歌を聞きながら、作業を眺めたり少し手伝わせてもらって育ったエミリアには、荘園が変えられてしまうのが残念でならない。確かに、お喋りに夢中になって手が止まってしまう人も中にはいるけれど、そんなに厳しく注意しなくても、と思ってしまう。

 王都に居ただけあって、テレンスのやり方は都会的なのだろう。

 ただ、彼も悪気があるわけではないし、荘園を発展させより豊かにしようと考えているのは確かだ。エミリアはいつものように彼を宥めた。


「そんな風に言わないで。みんな、貴方を困らせようとしているわけではないのよ。時間に追われたり急かされるのに慣れていないだけなの。私も同じだわ」

「エミリア、君を責め立てるつもりは無かったんだが……」

「ええ、分かっているわ。でも少し、様子を見て皆のことを急に変えようとしないでほしいの」

「君がそう言うなら。分かったよ」


 エミリアが取り成すと、テレンスは矛を収めてくれる。

 だが、こんな会話を繰り返す度にエミリアは焦燥感のような、この関係を続けても良いのだろうかという悩みは深くなる。


「貴方はこれから農場の見回りに行くのよね? 私は少し、部屋で休ませてもらうわ」


 一人になりたいと立ち上がると、テレンスも席を立った。


「部屋まで送ろう」


 そう言った彼の手が背中に添えられる。

 反射的に、触れられるのは嫌だとエミリアは身体を避けていた。


「大丈夫よ、自分の家だもの。ああ、ジェシカがお茶を持って来てくれたようね。ゆっくり飲んで行って」


 取り繕うように言って、返事を待たずにダイニングを後にしてしまう。

 きっと自分はテレンスの事を好きでは無いのだろうと、エミリアは他人事のように思った。

 確かに、彼に尊敬出来る部分はある。数字に強く、博学で仕事熱心だ。エミリアの言動を細かく尋ねようとするが、彼女にまで勉強や勤労を強要したりはしない。一応は、大切に扱ってくれている。きっと、もっと酷く嫌な男などいくらでも居るだろう。


 エミリアの母も、父と結婚したのは親戚が間に立って紹介されたと言っていた。今は夫を尊敬していると言っているし、二人は仲良く見えるが知り合った当初からそうだったのだろうか。

 エミリアだって年頃の娘だ。好きな人と一緒になりたいという、乙女らしい希望は持っている。

 でも、好きって何だろう。

 まだ初恋も知らないエミリアの悩みは、本人にとってもそんなに大した事の無い物の筈だった。


 今、この時はまだ。



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