31.永遠の束縛愛
実家の事が片付いたので、エミリアはルーファスとの結婚について改めて考え始めた。
次は、結婚式だ。
式は、二人の為の物ではなく、王国の式典であり皆の為に開く物、といった位置づけである。それなのに、準備や何やらで忙殺されるのはエミリアなのだ。
あれこれ用意に追い立てられているうちに、エミリアは今さらながらに悩みだしてしまった。
(本当に、私で良いのかしら……)
思考はぐるぐる回る。
ルーファスが望んでくれる。それはエミリアにとって嬉しいし、彼の傍に居たいと思う。
けれど、彼は王子で何れ王となる人だ。王の横に立つのは、身分高く名家の生まれで、人の上に立つ教育を受けてきた令嬢の方が相応しいのではないだろうか。
現に、エミリアの耳にもひそひそという貴族の噂話が入ってくる。聞きたくなくても、行く先々で聞こえる物なのだ。カデルが言っていた、王城勤めの辛さもこんな所にあったのではないか、と想像してしまう。
でも、カデルと違ってエミリアには唯一にして最大の後ろ盾、ルーファスが居る。彼はエミリアが良いと、エミリアで無いと嫌だと言ってくれているのだ。
だったら。でも。
もう何度も同じ考えを繰り返し、悩み、思考の渦に沈み込みそうになる。
今日は寝室でぼんやりと考え込んでいたが、彼が部屋に入って来たのにも気付かなかった。
「日が沈むと冷えるだろう、エミリア」
突然、ルーファスの声が聞こえてきた。そう言われてみれば、もう日は沈みかけ夕焼けの赤い影が出来ていた。
所在無げにソファでに座ってぼんやりしていたエミリアは、すぐに立ち上がって言った。
「ごめんなさい、ぼーっとしてしまって」
「構わない。それより、エミリアが足りない」
ルーファスはエミリアをその腕に抱き、ぎゅっと閉じ込めた。そして嘆息する。
「ふぅ。誰も彼もが些末な事柄まで俺に尋ね、決めさせようとする。つい先日までは此方から動かない限り、何も言われなかったというのに」
「お疲れさま、ルーファス」
「全くだ。だがエミリア、君も疲れているんじゃないのか」
「私は、何もしていないもの。疲れてなんかいないわ」
「疲れは、肉体的な物ばかりではない。精神的にも疲れる筈だ」
「…………」
ルーファスは本当に優しいと、エミリアはこういう時に感じる。
一体どうした、何かあったかと尋ねられても、何も無いから上手く答えられない。でも、こうやって腕の中で甘やかされて、温かさに包まれるとつい悩みを吐露してしまう。
「私に王太子妃なんて務まるのかしらって。今さらだけれど」
「本当に今さらだな」
「う……」
あっさりと返され、エミリアは彼の胸に額をつけ俯く。ルーファスはその様子に目を細め、くすりと笑って続けた。
「以前にも言ったが、俺が王子として自立しなければいけないと強く思ったのは欲しい物が出来たからだ。そして、その欲しい物は君だ、エミリア。俺はあの時、どうしても君を傍に置きたい、欲しいと願った。そして今がある」
「うん……」
「それに、エミリアも言っただろう。俺が傍に居るなら、何でも出来ると」
「それは、言ったけれど……」
立太子の儀に向かう馬車の中で、確かにそんな風な事を言った。だが、あの時は無我夢中で、とにかく今日を無事に終わらせなければいけないと己を奮い立たせていたのだ。
今、全てが終わり冷静になってしまえば、色々と考える事も出来る。そんなエミリアの想いを受け取ったように、ルーファスは口を開いた。
「だから、俺はいつも君の傍に居よう。エミリアが何でも出来るように、支え守ろう。君を手に入れる為に、強くなったんだ。君を支える為にも、強い夫であると約束する」
「ありがとう、ルーファス」
王太子妃、ゆくゆくは王妃の役目が務まるかという心配にも増して、エミリアの拠り所はルーファスしか無いというのが不安だった。しかし、こんな風にまで言ってもらえると心が軽くなる。エミリアが感激していると、彼は続けて言った。
「本当は、妃の勤めなどどうでも良い。エミリアさえ傍に居てくれたら、それで良いんだ。そのように取り計らうようにも出来る」
「いえ、そんな。大丈夫よ、ちょっと不安になったから言ってしまっただけなの」
愚痴を零したら大事になりそうで、エミリアは慌ててしまった。でも、ルーファスがそれだけ真剣に考えてくれているのだ。そして彼に望まれている。エミリアはその事実にうっとりとなった。
きっと、ルーファスが隣に居てくれると何でも出来るだろう。彼に支えられ、そして自分も彼を励まし癒せたらなんて素晴らしいだろう。それは、エミリアにとって理想の夫婦像と言えた。
エミリアがうっとりとルーファスを見つめると、彼はふっと笑って口を開いた。
「そんな風に見られると、俺は世界で一番幸せな男なのではないかと思う。おいで、エミリア」
「まあ」
ルーファスはソファに腰掛け、エミリアの手を引っ張り膝の上に彼女も座らせた。
エミリアは彼の横座りになって、甘えるように彼の胸元にもたれた。たまに、ルーファスはこうやって話をしてくれる。エミリアはその時間がとても好きだった。
しばらく二人はそうやって静かに抱き合っていたが、ルーファスがぽつりと言った。
「過去の全ては、此処に収束する為にあったのだろうな」
「収束?」
「ああ。以前に言ったな。俺は昔、一番信頼していた人に裏切られ、命を狙われた事があると」
ルーファスは詳しくは語っていなかった過去をエミリアに明かした。姉とも慕っていた世話係の侍女は、金目当てにルーファスを暗殺するよう送り込まれた刺客だった。そして、それに失敗すると『それはルーファスが王子に相応しくないからだ』と糾弾し始めたのだ。
手酷い裏切りに、ルーファスは衝撃を受けた。が、エミリアといつか再会したいという気持ちを支えとして乗り越えたのだ。
「今では、彼女を特に恨んだりはしていない。勉強になった、という事だ。どんな奴がどんな思惑を秘めて此処に居るのか分からないという学習は出来た。そして己の傍に居て支えてくれる人は誰なのか。窮地に立つほど人は本性を曝け出す」
淡々と言っているが、今この心情になれるまで、どれほど辛い時期を過ごしてことだろう。全てを明かしてくれたルーファスに、エミリアは涙を零した。彼が孤独な少年時代を過ごしていたというのが、切なくて胸が痛い。
「ルーファス……」
「泣くな、エミリア。だが、君が俺の為に涙を流してくれるというのは嬉しい。君に会えて本当に良かった。あの時、もし君に出会えなかったら、森に置き去りにされなくとも、俺は何れ死んでいただろう」
そう言ってルーファスはエミリアの頬や瞼にちゅ、ちゅと軽いキスを繰り返す。その優しい仕草が嬉しくて、エミリアは彼にぎゅっと抱きついた。
全ては、彼と出会って此処に共にある為。何よりも、エミリアはルーファスがそう考え、それを喜んでいることが嬉しいと思えた。
ルーファスはふっと笑って続ける。
「それに、泣いて同情してもらえるのも良いが、やはり俺としては君に寄り添ってもらえるのが良い」
「ええ」
めそめそとしていてはいけない。エミリアは涙をぬぐい、彼の心を労わる存在になりたいと頷いた。
次の瞬間、ルーファスは横座りをしていたエミリアの足を片方動かし、自分に跨って向い合せとなる体勢にした。
「あの、ルーファス……?」
不穏な物を感じさせるルーファスの低い含み笑いに、エミリアは腰が引けた。しかし、彼の両手にがっちりと腰を掴まれ逃げられない。
「今日は君に慰めてもらうことにしよう」
「えっ、今から?」
あと少しで夕食の時間になるというのに。部屋は西日の光とはいえまだ明るいし、それにルーファスには執務がある筈だ。
けれど、ルーファスににっこり笑ってねだられるとエミリアは抗えない。
「ほら、エミリア。キスして」
「……っ」
エミリアはそっと彼に口付けた。
ルーファスははぁっと吐息を漏らしてから、愛と欲望を込めた瞳でエミリアを見つめて言う。
「君は俺の物だ。これからもずっと」
エミリアは頷いて了承する。
「ええ。私はルーファスの物よ」
「愛している、エミリア」
「私も愛しているわ、ルーファス……」
翌年、ヴィレカイム王国では王太子の結婚式が盛大に行われた。
王太子妃の身分は低いが、政略結婚ではなく、初恋を実らせた王子に国民も惜しみなく祝福した。
王子が国王となった後も、妃だけを愛し末永く暮らしたという。
エミリアは結婚後も益々愛され、ルーファスの監視癖と束縛は治らなかったとはごく一部の者だけが知る事実だった。
おわり




