19.抱擁
もう涙が止まらない。エミリアはルーファスに抱きしめられ、その胸の中で泣きだしてしまった。彼の温もりにホッとして、色んなものが決壊してしまう。
こんな風に駆けつけてくれて、守ってくれる彼に、縋りつかずにはいられなかったい。抱きつきながら、こんなにも自分の事を想ってくれる人はもう居ないだろうと思う。そして、その気持ちに応えたいとも。
ルーファスはエミリアを抱いて慰めていたが、すぐに顔をあげ男を睨み付けた。そして抗議する。
「どういうつもりですか、父上」
その言葉に、エミリアは驚いた。父上、ということはこの国の王という事だ。てっきり、ルーファスの政敵である宰相だと思っていたがどういう事だろう。彼もルーファスの味方ではないのだろうか。
ぎゅっとルーファスの手を握ると、彼は安心しろというように髪を撫でてくれる。
国王は悪びれもせず豪華な椅子に座ってから口を開いた。
「ただ話をしていただけだ」
「有無を言わさず連れ去って、後ろに兵を置いてですか」
「窮地にこそ本音が出るものだろう。それに、何が目的か聞いておかないと、どこからか潜り込んだ女狐という事もある。あの何とかいう侍女のように」
父王の言葉にルーファスがぴくりと反応した。しかし、事もなげに言い返す。
「それを確かめるのは貴方の仕事ではない。何を今さら、他人の事に口出ししているのです。貴方は今まで通り、お飾りの王として玉座にただ座っていればいい」
父も父だが、ルーファスもなかなかだ。
辛辣な言葉を父に投げかけ、エミリアを伴って部屋を出て行こうとする。その背を王が止めた。
「それがそうもいかなくなった。立太子の儀で事が起こり、暗殺されるという計画があるらしい。我ら二人ともに、だ」
「……!」
エミリアはびくりとして息を止めた。
しかしルーファスは平然としている。
「へえ、王の元にも未だに情報を持ってくる者は居るんですね。勿論、此方でも把握しています。どうぞご心配なく。切り抜ける為の用意もしておりますので」
それは、ルーファスだけが助かり父王の為の用意ではないと言外に匂わせていた。こんなにも親子関係が冷え切っているのも、王宮生活のせいなのだろうか。
エミリアは俯いて、せめて自分が居る間はルーファスに温もりを与えたいと思う。
父王がさらに言う。
「まあ聞け。双方の情報をすり合わせるだけでなく、今後の対応も協力した方が良いだろう。話をすべきだ」
確かに、それはそうかもしれない。しかしルーファスはにべもない。
「エミリアを泣かせるような人は信用出来ません」
「私が少し圧迫しただけで折れて逃げ帰るようなら、所詮はすぐに去る女だ。しかし、彼女は残ると言った。結果的には気持ちが分かって良かっただろう」
「私と話をしたいなら、エミリアに謝罪を。そして、正式に招待してください。俺達二人ともです」
どうやら、エミリアが浚われ泣かされた事に随分怒っているらしい。父王は肩をすくめて、軽い調子で請け負った。
「分かったよ。やあエミリア、悪かったね。しかし君の泣き顔はなかなか可愛らしい」
「父上!」
「それから今晩、夕食に招待したいんだが来てくれるかな?」
エミリアに尋ねているので、おずおずと答える。
「ルーファスが良いなら」
「分かりました、父上。それではまた、夜に」
扉の外に出るとヒューゴーを筆頭とする騎士たちが控えていた。彼らに先導され、二人は離宮へと戻ったのだった。
「可哀そうに、怖かっただろう」
二人の部屋に戻るなり、ルーファスはエミリアを膝の上に乗せ、抱きしめたり髪を撫でたり、甘やかす。それは何と心地良いのだろう。半ば陶酔して身を任せてしまう。
本当に怖かったし、今も思い返すと恐怖に身体が震える。だから、この温もりに守られていると思うと離れがたく、しがみついてしまうのだ。
しかし、ルーファスは額にキスをすると言った。
「王宮での食事会で、夜に時間を取られることになってしまった。それまでに片付けなければいけない事が多数ある。俺は戻るよ」
「ええ……」
「そんな心細い顔をされると離れがたいが、食事会までに好きなドレスを着て、一番似合う物を選ぶと良い。何着か作らせてある」
そうだ、国王に招かれての夕食だ。宮中晩餐会と言っても過言ではないだろう。今さらながらに、大変な事になってしまったような気がする。
「顔を、洗わないと。私、顔がぐしゃぐしゃで見られたものじゃないわ……」
さっき泣いてしまった事が恥ずかしく、俯いて言うとルーファスはくすりと笑った。
「大丈夫だよ、エミリアは泣いていても可愛い。泣かせたのがあの父上だというのは癪に障るが。まあそれはいい。ホリーに全て任せるといい。先ほどもなかなか良い働きをしてくれた」
「ホリーが?」
エミリアの質問に、ルーファスは頷く。
「君が連れて行かれたと、俺の元まで走って知らせに来たんだ。火急の場合は直接来いという指示をしてあったのが良かった」
それは指示が良かったのではなく、ホリーが必死に走って伝えてくれたのが良かったのだ。エミリアは胸が詰まった。
「まあ。それは、ホリーのお蔭だわ。後でお礼を言わないと」
「そんな必要は無い。指示された通りしただけだし、働いた分の報酬はきちんと払ってある。それに、お蔭というなら俺が助け出したからと思って欲しい」
最後の一文は、少し拗ねたように聞こえたのでエミリアは思わず笑みを漏らした。
「勿論、貴方に一番感謝しているわ。ありがとう、ルーファス。本当に、助けに来てくれて嬉しかったわ。でも、ホリーにもお礼を言うことは大切なのよ。報酬とは別に」
「それではエミリア、俺にも褒美を」
ルーファスから何かをねだられてしまった。エミリアは彼に抱きつき、唇にちゅ、と軽いキスを贈った。自分からキスをしたのは初めてだ。でも、素直に出来た。きっと、彼の事が好きだという気持ちを認めたからだろう。 彼に触れたいという気持ちが自然に表面に出たのだろう。
それに、一方的に助けられ、庇護されるだけではなく、エミリアの方からも何かしたいと思ったのだ。
すると、ルーファスの方からも軽いキスを仕掛けてきた。それはすぐに深く長いものへと変わっていった。
「んっ……」
暫くエミリアとの接吻を楽しんでいたルーファスだが、切なげな溜息を吐いた。
「時間が無いのに、こんな事をしている場合じゃない」
「はぁっ……、そうね、公務に戻るのね」
名残惜しいながらも、彼を引き留める事は出来ない。エミリアは彼を見送ろうとした。が、ルーファスは予想外の事を言った。
「そうだ、時間が無い。だから手早く済ます。ゆっくり可愛がるのは後だ」
「ルーファス、それは……っ、きゃっ」
ソファに押し倒され、慌てて尋ねる。
「あの、ルーファス。お仕事は……」
「こんなに潤んだ瞳で誘われて、このまま行ける訳がないだろう」
誘ってなんていない、そう反論しようとしても上手く話せなかった。
彼の激情をその身で受け止めることになり、短いながらも濃厚な時間を過ごすことになったのだった。




