11.暗殺
程なくして、ルーファスがやってきた。彼も入浴を済ませたようで、髪がまだ少し濡れていて、そして部屋着であろうガウンを纏っている。
いつもと違う、寛いだ格好を見るとエミリアの心臓がどきりと音を立てた。また違う一面を見せられたら、それだけ彼が魅力的に映ってしまう。
「ようやく、ここで君とゆっくり出来る。なかなか儘ならぬ物だよ、せっかくエミリアが傍に居るというのに」
こんなに身分も地位もあって、美しい人が自分を求め優しい言葉をかけてくれる。
それは確かに嬉しいし、エミリアはさっきの決心もどこへやら、頷きそうになってしまう。しかし、心をしっかり持たなければ、今の宙ぶらりんのままの状態が続いてしまうだろう。
エミリアは首を横に振った。
「ルーファス、でも……」
「そうだな、ちゃんと説明をしなければ。いきなり連れてこられ、何も話していなかったからエミリアが不安に思うのも無理はない。だが、君を連れてくるタイミングは今しか無かったし、一度俺の手中にした物は手放すことは出来ない。今はまだ、君を外出させる事も出来ない」
「それは、どうして?」
「それは、君の命が狙われるからだよ、エミリア。暗殺の恐れがあるから、一人で外出をさせることも、帰宅させることも出来ない」
「えっ」
暗殺に、命を狙われるだなんて。
およそ平和な世界でのんびり生きていて、危険といえば森の蛇くらいだったエミリアには現実味の無い言葉だった。
一体どうして、こんな話になったのだろうか。
「最初から説明しよう。さあ、ベッドに入って」
当然のように、ルーファスはさらりとガウンを脱いでベッドに入り、ベッドボードに背を預ける形で腰掛けた。エミリアにも隣に座るようぽんぽんとベッドを叩いて促している。
エミリアはこくりと頷き、彼の隣に腰掛けた。先ず、彼の話を聞いてどのような状況なのかを知りたい。そんな気持ちで、エミリアは先を促した。
エミリアはどきどきしながら、ナイトウェアを脱がずにベッドに入り、彼の隣に腰掛けた。ルーファスは当然のようにエミリアの腰に手を回して密着する。その暖かさに、何故か彼に縋って抱きつきたくなる。
一人じゃ心細い、彼に頼りたい。
でもそんな気持ちを堪え、エミリアは先を促した。
「それで、どうして私を連れてきたの? それに、暗殺ってどういうこと」
「……我が国の現国王は、俺の父だ。だが、実権はまるで持たない、お飾りの王だ」
「………………」
エミリアは隣国の権力の情勢など全く知らない。ただ、この国の王様は幼い頃に即位し、それから何十年も王位についたままだとは噂程度に聞いている。
それが一体どうしてエミリアの監禁状態に繋がるのか。
エミリアはルーファスの話に耳を傾けた。
「この国の一番の権力者は王弟であり宰相、サディアスだ。王弟だが、父とは腹違いだ。遡って言うと、先代宰相の娘がサディアスの母であり、宰相は長らく王座を狙っていた」
「えっと。つまり、宰相はルーファスの叔父さんで、代々宰相の一族ってことかしら」
人物関係の把握さえあやふやなエミリアがそう尋ねると、ルーファスは首を横に振った。
「代々ではない。先代宰相は、元は莫大な富を持つ商人出身だった。だがその才覚と富で、父を王座に着けたのだ」
「王座に、着ける……」
そんな事、出来るのだろうか。一介の商人が王を即位させるなんて。
エミリアの疑問に、ルーファスは頷いた。
「そうだ。先代の王が亡くなった時、父はまだ十歳。単独で王になどなれる筈もない。崩御前から当時の王弟たちの間で王座を巡る争いも、水面下で起こったらしい。しかし、先代宰相、リュシアンは全財産を父につぎ込んで後押しし、そして有能な人材を国政に送り込み一派に取り込んだ。結果はリュシアンの勝ちだ。父を王位に着け、自らは宰相になった」
「その、凄い人だったのね」
エミリアの相槌に、ルーファスは密着し耳にちゅ、と軽く口付けてから続けた。
「そうだ、だが奴の野望はそれだけではなかった。本当は、自らが王になりたかったのだ」
「えっ……」
そんな事、可能なのだろうか。驚くエミリアに、ルーファスは続けた。
「だがいかに有能だろうが富を持とうが、身分という物が奴の前に立ちはだかった。先ずは先代の王が在位中、自らの娘を妃として送り込もうとしたが、重臣たちに阻まれた。その時はいくら莫大な富を持つ豪商とはいえ、地位も身分も無かったからな。だが、娘を愛妾として男子を授かることまではこぎつけた。現王の腹違いの弟だ」
「その生まれた子が、今の宰相で権力者ってことね?」
彼は頷く。
「そうだ。叔父上には先代宰相がかなりの英才教育を施したらしい。そして父を王座に就け宰相となった後は、自らの息のかかった縁戚の娘を妃に据えようとした。だが、父上は別の娘、俺の母を王妃とした。そのせいで母上には、かなりの重圧と嫌がらせとも言えない程度の悪意がぶつけられたが。しかし、母は周囲の期待通り、王子となる俺を産んだ。そして、亡くなった」
何となく、ルーファスには母が居ないような気はしていた。でもやはりそうだったと、本人の口から聞くと切なさが胸を満たす。
エミリアは彼の手をぎゅっと握った。ルーファスはふっと笑って手を握り返し、そして髪に口付けて囁く。
「ありがとう。だが、亡くなったのは物心つく前だ。俺には母の記憶も無いので、特段母が恋しいという訳でもなかった。父上も、再婚を勧める声をのらりくらりと躱し、先代宰相の息のかかった女を近付けなかった。妙な女が継母にならなかったのはまだ幸運だっただろう。それよりも、叔父上だ。庶子とされた叔父上は、後ろ盾があれど既に即位している正当なる王を失脚させる機会がないまま今まで来た」
「失脚。それをさせられたら、王様でも王座から追われてしまうの?」
そんな物なのだろうかと尋ねるエミリアに、ルーファスは今度は額にキスしてから言った。
「そうだ。幸い、父はお飾りの王で実権がまるで無いが特に野心を抱かず、政治にも興味を持って居なかった。大人しく王座に座り、国民への慰問程度しか公務は無く、後は芸術に関心を寄せる位だ。しかし、それが良かった。揚げ足を取られず、国民からの人気は高い王は失脚させられず王座に座ったまま現在に至った」
「ええ」
「だが、俺は違う。俺が大人しくしているつもりは無い事は、宰相一派はよく分かっている。それに俺が立太子してしまえば、叔父上の血筋には王位が継承される事はなくなる。先代宰相は既に亡くなったが、その片腕として力を奮っていた叔父上に、死ぬ直前まで王座に着かせたいと頑張っていたようだ」
「自分の代わりに、ってことね……」
「ああ。現宰相である叔父のサディアスにとって、王に着くことは一族の悲願。そして自らの野望でもある」
「共に王家を盛り立てていくことは出来ないのかしら……」
規模は全く違うが、エミリアの家も荘園を営んでいて父母の兄弟や祖父母の親戚、なんて人も居る。しかし皆、それぞれの家業や土地を守り発展させているのだ。
全く揉め事が無いという訳ではないが、そんなに陰謀や野望渦巻く場所は、やはり王城など身分の高い所だけなのではないだろうか。やはり、この場所は己には似つかわしくないと思いながら、エミリアは半ば予想出来る返事を待った。
「無理だな。立太子の儀が始まるまで、もしくはその最中に宰相一派は事を起こすと見ている」
「何を起こすのでしょう」
「国王と王子の暗殺だ。まとめて処分し、そして場を納め自らが王位に立つには相応しい舞台だ」
「そんな!」




