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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第七話 川路聖謨という人物

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

浅羽から話を聞くほど、川路聖謨という人物に引き込まれていった。


「川路様は若い頃から頭が飛び抜けていたそうです。御家人の出でありながら、異例の速さで出世された」


 浅羽は話しながら、時々声を潜めた。


「勘定奉行を務めたときは、幕府の財政の穴を徹底的に洗い出した。誰も触れたくない帳簿を自ら見て、改善案を出した。幕閣のお歴々が嫌な顔をしても、意見を変えなかったそうです」


「ロシアとの交渉にも出たんでしたね」


「ええ。昨年のことです。下田の件で——あ、これは今後の話です、失礼」


 浅羽が口ごもった。俺は気にしないふりをした。


(そうだ、下田・函館開港を巡るロシアとの交渉は来年以降の話だ。川路はそこでも動くことになる)


「蘭学に理解があるとも聞きました」


「そうですね。ご自身で洋書を読もうとされると聞きます。翻訳書でなく、原文を。完全には読めなくとも、努力されていると」


 俺はその情報を頭に焼き付けた。


(洋書を読もうとしている——それは大きなことだ。この時代の幕府官僚で、外国語に自ら取り組もうとする者は極めて少ない)


「一つ伺ってもいいですか。川路様は、人の話を聞くお方ですか。それとも最初から決めていて聞かないタイプですか」


 浅羽が少し考えた。「……難しい問いですな。聞く方だとは思います。ただし、納得しないと聞きっぱなしにはされない。必ず根拠を問い返す」


「根拠を問い返す。つまり、理屈で動く」


「そうだと思います」


(なら、理屈で戦える。嘘はいらない。事実を積み上げて、論理的に説明する。それが川路に届く方法だ)


 最後に浅羽が付け加えた。


「時々、川路様は『何か重大なことが起きたとき、私はどう生きるべきか』というようなことをぽつりと言うことがあるそうです。周りが聞いても何のことか分からないが」


 その言葉が、俺の中に引っかかった。


(大きな変動が来ることを、川路はどこかで感じているのかもしれない)


 そして翌日の夕方、浅羽から知らせが来た。


「川路様から、神田殿に一度話を聞きたいというお達しがあります」


 俺の心臓が少し速くなった。


(来た)


「いつですか」


「三日後の朝です。川路様の役所へ出頭するようにとのことです」


 三日後。


「分かりました」


 浅羽が心配そうな目をした。「神田殿……川路様は鋭いお方です。いい加減なことは言えませんよ」


「分かっています」


「それと——嘘は、おそらく見抜かれます」


「嘘はつきません。全部は話しませんが」


 浅羽が複雑な顔をした。それで十分だと思った。



 三日間、俺は準備した。


 川路が聞いてくるであろう問いを全て想定し、答えを用意した。


 なぜ十二月に来ると分かるのか。根拠は何か。西洋の外交慣習についての知識はどこから来るか。


 答えは「長崎の情報と洋書の知識」で一貫させる。具体的には、ペリー提督が中国や琉球で取った行動パターンを挙げる。これは実際に記録が残っていることだから、嘘ではない。


(問題は「どこでそれを知ったか」だ。俺は現代の歴史書で読んだ。でもそれは言えない。「長崎のオランダ通詞を通じた情報として知った」と言えばいい。不完全な答えだが、嘘ではない)


 どこまで話し、どこを隠すか。その境界線を何度も確認した。


 準備の最後に、俺は窓から江戸の空を見た。


(川路聖謨。史実で幕末まで生き続けた人物。俺が守りたい人の一人だ)


 でも今はそれより先のことを考える余裕はない。


 まず三日後の試問を突破することだ。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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