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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第六話 笑われる

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

十一月の終わりに、旗本集会があった。


 この頃になると、黒船の話はもう「過去のこと」扱いになっていた。夏の怖い夢のような感じで話されていた。「あれはもう帰った、取り越し苦労だったな」という空気だ。


 鷲尾が俺を見つけて声をかけてきた。


「神田、建白書を出したらしいな」


 にやにやした顔だ。周りに何人かいる。


「ええ。先月、目付を通じて」


「で、どうなった?」


「保留だそうです」


「やっぱりな」鷲尾が声を立てて笑った。「無役の旗本が何を言ってもそんなもんだ。で、中身はどんなことを書いたんだ?」


「黒船が十二月にもう一度来ること。来年三月に本格的な交渉が始まること。それを予測として書きました」


 笑い声が上がった。鷲尾だけでなく、周りの者も何人か笑っている。


「十二月に来るだと? 根拠は何だ」


「長崎の情報と、西洋の外交慣習です」


「長崎の蘭学者の話か。あいつらはいつも大袈裟なことを言う。黒船はもう帰った。来年どころか二度と来ないかもしれんぞ」


(来る。絶対に来る。でも今は言っても仕方がない)


「そうかもしれませんね」


 俺は穏やかに言った。


「まあ、神田の話はいつも学習中ですな、学習中」


 鷲尾が笑いながら他の話題に移った。


 俺は茶を一口飲んだ。


(笑われることは分かっていた。想定内だ。ただ——)


 少しだけ、苦かった。正直に言えばそうだ。間違っていないのに笑われる苦さは、どこかに引っかかる。


(でも川路は笑わなかった。建白書を持ち帰った)


 それだけが、今の俺の手元にある糸だ。



 帰り道、浅羽の家に寄った。


 浅羽は庭の縁側に座って書き物をしていた。俺が来ると、少し改まった顔になった。


「ちょうどよかった。伝えたいことがあって」


「川路様の件ですか」


「そうです」浅羽が声を潜めた。「どうも、川路様は建白書を読み込んでいるようです。同僚の目付の話では、先日も机にお持ちになっていたと」


「読んでいる……」


「ただ」浅羽が少し困り顔をした。「川路様が建白書を持ち帰った理由は、十二月の予測が気になっただけではないようです」


「では?」


「この人物が何者か調べたい、という動機もあるらしい」


 俺は少し考えた。


「つまり、私のことを調べていると」


「そうなります。川路様は鋭いお方ですから——何か隠していることがあれば、おそらく分かります」


 浅羽の目が、心配そうに俺を見ていた。


「……神田殿、隠していることは?」


「多少は」俺は正直に言った。「ただ、悪いことではありません」


「そうであれば……」浅羽が溜め息をついた。「川路様と向き合う覚悟をしておく必要があるかもしれませんね」


「分かりました」



 その夜、俺は部屋で考えた。


 川路聖謨という人物について、俺が知っていることを整理する。


 嘉永六年現在で五十二歳。勘定奉行や目付を歴任した幕府の実務官僚として、この時代で最も外の世界に目を向けようとしている人物の一人だ。ロシアとの境界交渉(日露和親条約)にも関わることになる。


 そして史実では、1868年の戊辰戦争の際に自刃する。


(その死を、俺は変えたい。でも今はまだそこまで考える段階じゃない)


 まず信頼だ。川路の信用を得る。


 どうやって?


 答えはひとつだ。十二月に黒船が来ること——それを待つしかない。


 だが十二月まで何もしないのは落ち着かない。俺は「川路がどんな問いを持っているか」を先回りして考えることにした。


(川路が知りたいのは、俺がどんな情報源を持っているか、だ。嘘はつかない。でも全部は言わない。その境界線を決めておこう)


 行灯の火が揺れた。


 冬が近づいている。浦賀沖の海は、今頃どんな色をしているだろう。


 川路が十二月を待っている。俺も待っている。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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