第六十七話 理解者
「あなたのことを、長い間考えていました」
澄が言った言葉は、静かだった。
いつもの部屋だった。帳簿が片付けられた机の前。澄が俺を見ていた。
「考えていた、とは」
「あなたがどういう人間なのか、ということです」澄が続けた。「最初に会った時から——何か違うと思っていました。言葉の使い方が、この時代の人間とは少し違う。考え方の順序が、違う」
俺は何も言えなかった。
「あなたは」澄がゆっくりと言った。「この時代の人間ではないのではないかと——思っています」
俺の中で何かが止まった。
「……なぜ、そう思いますか」
「目が違います」澄が言った。「この時代を見ている目ではなく、もっと遠い場所から見ている目です。最初に会った時から、そう感じていました。しかし——」
「しかし」
「信頼できると思った。だから聞かなかった。でも今は」澄が俺を真っ直ぐに見た。「言っていいと思いました」
(見抜かれていた。ずっと、この人には見えていた)
「……澄さん、俺は——」
言いかけて、止まった。何を言えばいいか、分からなかった。否定することは、嘘になる。肯定することは——何をどう説明すればいいか。
「言わなくていいです」澄が静かに言った。
「え」
「言わなくていいです」澄が繰り返した。「私はあなたの味方です。それだけを言いたかった」
俺は——声が出なかった。
(孤独だと思っていた。ずっと。この時代で一人だと。知識を持っていても、誰にも本当のことが言えない孤独が、ずっとあった)
「澄さん」俺はやっと言った。
「はい」
「……ありがとうございます」
「礼を言わないでください」澄が言った。「あなたがこの時代でどれだけ動いてきたか——帳簿を通して、私は見てきました。川路様を守ったこと。岩瀬殿を守ったこと。阿部様のために動いたこと。それは全部、私が数字として追ってきました」
「数字として」
「はい。人の動きは、必ず数字に残ります」澄が少し笑った。「そしてあなたの動きは——この時代の人間の動き方ではありませんでした。でも、この時代を守ろうとしていた」
俺はしばらく黙っていた。
「その日が来ますか」俺は言った。「いつか説明できる日が」
「来るかもしれません」澄が言った。「来なくてもいいです。今日は——ただ、あなたの味方だということを伝えたかった」
その夜、勝に別件で会いに行った。
「神田」勝が突然言った。「お前、普通の人間じゃないと思ってるだろ、俺が」
「……そう見えますか」
「最初からそう思ってた」勝が笑った。「でもそれでいい。普通でない人間が必要な時代だった。お前みたいなのが」
「ありがとうございます」
「礼を言うな、変なやつ」勝が言った。
その夜、俺は一人で空を見た。
(この時代に——俺を知っている人間がいる。それだけで、もう十分だ)
続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。




