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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第五十六話 岩瀬の危機

「蟄居命令が出る前に動いてください」


 俺は川路に言った。


「蟄居命令とは——」


「外出禁止と役職剥奪の前段階です。それが出てからでは遅い。その前に、地方の小さな役職への異動を先に動かす。形は左遷ですが——逮捕よりは格段にいい」


「それができるか」俺は川路に人事の手続きを考えてもらった。


 川路は「できないことはない。しかし急がなければならない」と言った。


「急いでください。一日が惜しいです」


 二日後、岩瀬への異動の書類が動いた。


 岩瀬を呼んだのは、その翌朝だった。


「地方への異動が決まりました」川路が岩瀬に言った。「すぐに江戸を離れてください」


 岩瀬は黙っていた。怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない顔で書類を見ていた。


「……そうか」岩瀬がやっと言った。「これが最善か」


「今は、そうです」俺は言った。「少しの間だけ、遠くで待っていてください。状況が変わればすぐに呼び戻します」


「状況は変わるか」


「変えます」


「断言できるのか」


「できません。しかし——変えるために動きます。それだけは確かです」


 岩瀬がしばらく俺を見た。それから小さく頷いた。


「分かった」


 江戸を離れる前日の夕方、岩瀬が一人で来た。


「神田」岩瀬が言った。


「はい」


「お前に感謝している」


「俺は——」


「礼を言わせてくれ」岩瀬が遮った。「お前がいなければ、私は気づかないうちに潰されていた。それだけは分かっている」


 俺は何も言えなかった。


「……またいつか」岩瀬が言った。「その日まで」


「必ず」


 岩瀬が歩いていった。その背中が、曲がり角で消えた。


(守れた。完全には守れなかったが——最悪の事態は避けた)


「神田」川路が後ろから来た。「お前は最善を尽くした」


「左遷させてしまいました」


「逮捕より左遷の方が、百倍いい」川路が言った。「お前を責める気はない」


「……ありがとうございます」


「しかし」川路が言った。「次は私の番だ。神田、私の場合はどうする」


 俺は川路を見た。


(川路様の場合。史実では島流し——新潟奉行から江戸に帰る途中で逮捕、隠居謹慎。しかし俺は、川路様には違う道があると思っている)


「考えています」俺は言った。「川路様の場合は——少し違う守り方があります」


「聞かせてくれ」


「もう少し時間をください。しかし必ず、答えを出します」


 川路が頷いた。信頼してくれていた。


 その信頼が、俺の背に重く乗っていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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