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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第五十三話 一橋か南紀か

「老中会議で——決まりそうだ」


 川路の声が、低かった。


「南紀派が、か」俺は言った。


「そうだ。14代将軍は徳川慶福。南紀派の推す人物で決まる方向に——」


「最後の機会があります」俺は言った。「阿部様の推薦状を持って老中に直談判する。今からでも遅くない」


 川路が俺を見た。少し黙った。


「越権行為になるぞ」


「なりますか」


「旗本が老中に政治的主張を持ち込むことは——身分を超えた行動だ。問題視される可能性がある」


「問題視されても、届けば意味があります」


「……やるか」川路が言った。「俺も一緒に動く」


 しかし翌日、答えは出た。


「阿部老中の推薦状は——病床にある方の書状として、正式な決定権を持つものではない」という老中の判断が伝わってきた。


 俺は川路と顔を見合わせた。


(……そうか。法的には問題ない。しかし政治的には、弱くされた。阿部様の名前を利用されながら、同時に阿部様の書状を無効化した。見事な二枚舌だ)


「……残念だが」川路が静かに言った。


「はい」


 その夕方、一橋家の屋敷を訪ねた。


「決まったか」慶喜が聞いた。


「まだです」俺は言った。「しかし——厳しい」


 慶喜が少し黙った。


「正直に言うな、お前は」


「嘘をついても意味がありません」


「そうだな」慶喜が窓の外を見た。「お前は最後まで動いてくれた。それは分かっている」


「申し訳ありません。力が届きませんでした」


「謝るな」慶喜がはっきりと言った。「謝る必要はない。やるべきことをやった。結果が出なかっただけだ」


(この人は、そういう言い方をする)


 しばらく沈黙があった。


「神田」慶喜が言った。「いつか俺が幕府を動かす時が来る。14代が誰であれ、15代は——俺かもしれない」


「はい」


「その時はまた、お前の力を借りたい」


 俺は頷いた。


(15代。最後の将軍。それが慶喜だということを、俺は知っている。しかしその「最後」を変えるために、今の俺はいる)


「必ず」俺は言った。


「しかし——今は、負けた」慶喜が静かに言った。「負けは負けとして受け取る」


「今回は、そうです」俺は言った。「しかし全部負けたわけではありません。次の手があります」


「何だ」


「まだ、次の機会があります。諦めません」


 慶喜が少し口端を動かした。


「……そういうやつだったな、お前は」


 その夜。予想通りの知らせが届いた。


「14代将軍決定と同時に、井伊直弼が大老に就任する」


 来た。史実通りだ。


(でも——俺は準備している)

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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