表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/70

第五十二話 帳簿の真実

澄が資料を広げた時、俺はしばらく無言でそれを見た。


 丁寧な字で書かれた表。数字の流れ。「雑費」という項目が、いくつもの経路を辿って、別の場所に消えていた。


「……これは」


「幕府の予算の一部が」澄が言った。「守旧派系の藩への非公式な資金援助に使われています。帳簿の上では『物資調達』や『使者費用』と書かれていますが——実際の記録と照合すると、実態がない支出です」


「どれくらいの規模だ」


「多くはありません。しかし継続的です。小さな金額を、長い時間をかけて流している。それが積み重なって——」


 澄が数字を指した。


「これだけの額になります」


(やはりそうだった。幕府の内側から、守旧派への資金流用。これは政治的な腐敗の証拠だ)


「澄殿、これを使うつもりですか」俺は聞いた。


「私は使いません」澄が静かに言った。「あなたに渡すために作りました。使うかどうかは——あなたが決めることです」


「使うかもしれない。しかし今すぐではない」


「いつですか」


「……一番苦しい時です」俺は言った。「この資料は切り札です。切り札は最後まで持っておく」


 澄が俺を見た。


「これを私が持っているのは——危険ではないですか」


「危険です」俺は即座に言った。「ですから今すぐ、私のところに預けてください」


「……あなたのところにあっても、同じように危険では」


「私が危険を引き受けます。あなたには引き受けてもらいたくない」


 短い沈黙があった。


「……あなたを信頼します」澄が言って、資料を俺の方に押した。


 俺はその資料を受け取りながら、澄の言葉の重さを感じていた。


(この人はいつも、「信頼します」と言う前に一拍置く。それは言葉を選んでいるからだ。「信頼する」という言葉を軽く使わない人間だ)


「澄殿」俺は言った。「この件に関わったことを、後悔させません」


「後悔はしていません」澄が即座に言った。「最初から自分で選びました」


「……そうですね」


「ただ——」澄が少し目を伏せた。「なぜ私はここまであなたを信頼しているのか、自分でも分からないんです」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。


(俺も分からない。この人が数字の向こうに人を見る目を持っているから。それだけで説明がつくのかどうか)


「大事にします」俺は資料を折りながら言った。「必ず役に立てます」


 屋敷を出た夜、川路からの知らせが届いていた。


「大老就任が目前だ。もう時間がない」


 俺は切り札を懐に入れながら、歩き始めた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ