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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第五十一話 勅許の嵐

「朝廷が怒っています」


 岩瀬がそう言ったのは、川路の執務室だった。


「孝明天皇が——勅許を与えていないという強い不満を示されている。公家の間でも、尊皇攘夷の動きが一気に広がっています」


(来た。想定通りだ。しかし——)


「岩瀬殿」俺は聞いた。「覚悟していましたか」


「していた」岩瀬が言った。「しかしここまで来るとは、思っていなかった」


 その言葉が、俺の胸に刺さった。


(岩瀬は覚悟してこの交渉に臨んでいた。批判の矢面に立つことを、分かっていて動いた。しかし現実の重さが、想定を超えた)


「批判の声は」俺は聞いた。


「大きくなる一方です。『勅許なしの条約は幕府の越権行為だ』という論理で、攘夷派が声を上げ始めている。公式ではまだ問題になっていないが——」


「なります」俺は言った。「時間の問題です」


 川路が俺を見た。


「対策はあるか」


「朝廷への早急な説明が必要です。条約が日本のためになることを、朝廷が理解できる言葉で伝える人間が必要です」


「誰がそれをできる」


「今のところ……難しいです」俺は正直に言った。「幕府と朝廷の間に、立てる人間がいない。橋渡しができる存在が、今の幕府にいない」


(これが問題の根本だ。幕府は朝廷を長く無視してきた。その結果、いざという時に話せる関係がない)


「攘夷派の動きはどの程度だ」川路が問うた。


「今は言葉だけです。しかし——」岩瀬が言った。「勢いがある。この勢いが藩の武士たちに広がれば、実力行使に出る者が出てくるかもしれない」


「俺たちへの影響は」


「直接的ではありません。しかし幕府の正当性が揺らげば——全ての政策が批判にさらされます。改革も含めて」


 三人に静かな緊張が走った。


「岩瀬殿、今すぐ身を引く必要はありません」俺は言った。「あなたがいなければ、外交は誰もできない。批判が来ても、動き続けてください」


「分かっている」岩瀬が言った。「そのつもりだ」


「ただし——標的にはなっています。それを自覚して動いてください。一人で動かず、必ず川路様か俺に伝えてから」


 岩瀬が頷いた。


「嵐の前です」俺は言った。「しかし嵐は、来る前に準備できます」


 その夜、宮里澄から知らせが届いた。


「帳簿の件で、まとめた資料ができました。いつご覧いただけますか」


 俺は読みながら、小さく頷いた。


(今か……しかしこれも、重要だ。むしろ今だから重要かもしれない)


 嵐の中で、切り札が一枚、出来上がっていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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