表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/70

第四十九話 井伊直弼の登場

江戸城の廊下で、俺は初めてその人物を見た。


 遠目だった。しかし分かった。


 背が高く、歩き方が違う。老中たちと話している姿は堂々として、周囲の空気を変えていた。着ているものは格式があり、しかし威圧的な重さではなく——「これが当然だ」という自然さで、その場を支配していた。


(井伊直弼)


 俺はそっと廊下の端に引いた。


 川路が横に来た。


「見たか」


「……はい」


「あれが井伊殿だ。今日は老中三名と個別に話した。何を話したかは分からないが——内容は想像できる」


「大老の件ですか」


「そうだ」


 俺は遠目に井伊の背中を見ながら、頭の中で整理した。


(1858年、大老就任。同年、日米修好通商条約への強引な調印。そして安政の大獄——岩瀬が失脚し、川路が島流しになり、幕府の改革派が根こそぎ粛清される。1860年、桜田門外の変で暗殺)


 分かっている。全部分かっている。しかし——。


「川路様、井伊殿はどういう人物ですか」俺は聞いた。


「単純な強権論者ではない」川路が言った。「彼は幕府の権威を絶対のものとして信じている。外国に媚びることを良しとしない。将軍家の権力を守るためなら、何でもする——そういう信念で動いている」


「信念がある、ということですか」


「そうだ。信念があるから厄介だ」川路が静かに言った。「私利ではなく、彼なりの忠誠で動いている。排除しにくい」


(その通りだ。井伊直弼は悪役ではない。強すぎる保守の論理を持った人物だ。だからこそ——改革派には壁になる)


「川路様」俺は言った。「今の段階で正面からぶつかるのは得策ではありません」


「分かっている」


「水面下での地固めを続けながら——」


「神田」川路が俺を遮った。「それは分かっている。問題は、いつまで水面下でいられるかだ」


 俺は黙った。


「……お前の名前が、向こうに伝わっているかもしれない」川路が続けた。「『一橋派の中心に、謎の旗本がいる』という話が出ているという」


「神田という名前は——」


「まだ届いていないと思う。しかし時間の問題かもしれない」


(標的にされる前に、動ける状態を作っておく必要がある)


「川路様、もし俺の名前が向こうに届いたとしても——今はまだ表に出ない方がいい。俺の知識を使えるのは、舞台の外にいるうちです」


「分かっている」川路がもう一度言った。「ただし覚悟はしておけ」


「しています」


 井伊直弼はもう廊下から消えていた。しかしその存在感だけが、まだ残っていた。


(いつかは正面から向き合わなければならない。しかし今ではない)


 俺は静かに、その覚悟を固め始めていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ