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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第四十六話 延命の代償

「阿部様は、政務を縮小されることになった」


 川路の言葉は、静かだった。しかしその重さは、ずっしりと俺に来た。


「縮小——どの程度ですか」


「老中首座の役割は維持される。しかし毎日の政務に関わることは難しい。医師の判断だ。これ以上無理をすれば——」


 川路は続きを言わなかった。言わなくても、分かった。


(延命はできた。しかし)


 俺は窓の外を見た。江戸の空は晴れていた。


「阿部様の政治的な影響力が——史実より早く落ちる」


 独り言のように言った。しかし川路の耳に届いた。


「史実とは何だ」


「……比較の言い方です。失礼しました」俺は言い直した。「阿部様がいなければ、一橋派への根回しが難しくなる。阿部様の名前があってこそ動いていた人間が、動かなくなる——そういう懸念です」


「その通りだ」川路が頷いた。「だからこそ——神田、これからはお前が我々の中心にいてくれなければならない」


 初めてはっきり言われた言葉だった。


「……分かりました」


「返事が早い」川路が静かに笑った。


「考えるより先に返事が出ました」俺は言った。「でも——本当に分かっています」


 阿部から「三人を頼む」と言われた。川路から「お前が中心にいてくれ」と言われた。岩瀬が「私の動ける範囲で動く」と言っていた。


 この三人を守ることが俺の仕事だ。


(延命はできた。しかし阿部様の政治力は落ちた。俺が歴史を動かした結果、予想していなかった代償が生まれた)


 それを後悔するかと問われれば——しない。しかしこれが「改変の重さ」というものだと、初めて実感していた。


「岩瀬殿と三人で話します」俺は言った。「阿部様の意志をどう引き継ぐか。具体的な役割分担を決めましょう」


「そうしよう」


「それと——井伊殿の動きを改めて把握したい。阿部様が縮小された今、向こうの動きが加速するはずです」


 川路が俺を見た。


「……既に動いた」


「どう動きましたか」


「彦根藩の者が老中三人のところを回った。昨日のことだ。『大老の設置が必要だ』という話を持ち込んでいる」


(来た。大老。井伊が大老になれば——安政の大獄が来る)


「川路様、急ぐ必要があります」俺は言った。「時間がありません」


「何を急ぐ」


「一橋派の地固めです。今すぐ、できることから全部やります」


 川路が頷いた。疲れていたが、目は鋭かった。


「分かった。岩瀬に声をかける。明日、三人で話そう」


 俺は屋敷を出た。


 江戸の空は、まだ晴れていた。しかし俺の中で、嵐の予感がじわじわと広がっていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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