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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第四十五話 危機の夜

急報が届いたのは、夜も更けた頃だった。


「阿部様の容態が急変。高熱と激しい咳が続いています」


 俺は着替える間も惜しんで川路の屋敷へ向かった。夜道を走りながら、頭の中で考えた。


(高熱と咳。炎症か、あるいは……)


 川路はいた。燭台の前で、珍しく険しい顔をして座っていた。


「川路様」


「分かっている」川路が先に言った。「既に蘭方医の柳田へ連絡した。しかし夜中のことだ。どれだけ早く来られるか——」


「俺が行きます」


「お前は入れない。病室への私的接触は止められている」


 俺は一瞬止まった。そうだ。通達が出ていた。


「……川路様、一つだけお願いがある」俺は言った。「一つだけでいい」


「何だ」


「柳田先生から聞いた処方があります。食事と、服薬の方法。今夜一晩だけ、それを試してほしい。阿部様の近くにいる人間に伝えてもらえれば——」


 川路が少し黙った。


「危険はないか」


「柳田先生が言ったことです。熱への対処と、胃腸の負担を減らすやり方です。難しくはない」


「……分かった」川路がはっきりと言った。「私が責任を持つ。今夜何かあっても、全部私が引き受ける」


 そこまで言うか、と俺は思った。


「川路様——」


「いい」川路が立ち上がった。「お前が調べてきた。蘭方医を繋いだ。今夜は私が動く番だ」


 川路が屋敷を出ていった。


 俺は一人、その場に残された。


 できることはやった。後は——。


 燭台の火が揺れていた。外で虫の声がしていた。夜が深かった。


(届け。頼む)


 何かに祈るというのは、こういうことかもしれないと思った。現代医学の知識も、幕府内の人脈も、今この瞬間は関係ない。俺にできることは、もうない。


 待つだけだった。


 夜明けが近くなった頃、川路が戻ってきた。


 顔を見た瞬間、俺には分かった。


「……峠を越えられた」


 川路がそれだけ言った。


 俺は——力が抜けた。畳の上に座り込みそうになった。


「よかった」


「声が小さいぞ」川路が少し笑った。疲れた顔で、しかし確かに笑っていた。


「……よかった」俺はもう一度言った。


「完全な回復ではない」川路が静かに続けた。「しかし今夜は越えた。柳田の処方が効いた——と私は思っている」


「そうですか」


「お前の動きが効いた。そう言えばいいか」


 俺は何も言えなかった。


(届いた。一つ届いた)


 朝の光が、窓の端から差し込み始めた。江戸の夜明けが来ていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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