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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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4/50

第四話 旗本の限界

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

翌日、俺は浅羽のところを訪ねた。


 浅羽五郎兵衛。父の代からの知り合いで、幕府の下級目付役を務めている男だ。年は四十代の半ばか。地味な顔立ちで、声も動きも目立たない。しかし父は「あの男は幕府の内側をよく知っている」と言っていたと、神田伊織の記憶が教えてくれる。


 浅羽の屋敷は小ぶりだった。庭に出て松の手入れをしているところだった。


「神田殿。浦賀から戻ったとは聞きましたよ。ご無事で何より」


「お陰様で。少し聞きたいことがあって参りました」


 浅羽は剪定ばさみを置いた。「さあ、中へどうぞ」


 座敷に通されて茶が出た。浅羽が向かいに座る。


「建白書を出したいのです」


 俺は単刀直入に言った。「目付を通じて、老中へ届く経路が欲しい」


 浅羽がゆっくりと俺を見た。


「……建白書ですか。神田の若殿が」


「はい。黒船の件で、幕府に伝えておきたいことがあります」


「伝えておきたいこと……とは」


「今後の見通しです。あの艦隊は何を求めているか、次にどう動くか。私なりに整理したものです」


 浅羽は少し間をおいた。


「老中への上書は、相応の取次が必要です。神田殿のような無役の旗本が直接届けることは、正規の経路では難しい」


「では目付に上書を出して、上に上げてもらうことはできますか」


「可能ではありますが……取り上げられる保証はない。毎日大量の書状が届いております。その中に紛れれば、読まれることなく保留になることが多い」


「それでも、取り上げられる可能性はゼロではない」


「ゼロではありませんが……」


 浅羽が困り顔をした。「神田殿、上から笑われる可能性の方が高い。無役の旗本が大口を叩いた、と思われて終わることも多いのですよ」


「知っています」


 俺は穏やかに言った。「笑われてもいい。取り上げてくれる一人がいれば、それで十分です」


 浅羽が目を細めた。何かを考えている顔だ。


「……具体的に何を書かれるつもりですか」


「黒船の艦隊が今年の十二月に再び来ること。そして来年の三月に本格的な交渉が始まること。具体的な日時を書きます」


 シンとした。


「……神田殿、その根拠は」


「長崎の情報と、西洋の外交慣習の知識です」


「十二月に来ると……断言できるのですか」


「はい」


 俺は迷わず答えた。


 浅羽は長い間、俺の顔を見ていた。それから小さく吐息をついた。


「……父上の縁があります。取り次ぐことを約束しましょう。ただし、笑われても私は責任を持てません」


「それで十分です。ありがとうございます」


 俺が立ち上がろうとすると、浅羽が付け加えた。


「一つ申し上げておきますが——目付の上に、川路聖謨という方がいます。ご存知ですか」


 川路聖謨。


 知っている。幕府の中で最も複眼的に外の世界を見ようとした人物の一人だ。勘定奉行や目付を歴任し、ロシアとの交渉も経験している。史実では最後まで幕府に殉じた人だが、今は——生きている。


「存じています。すぐれた御方と聞いております」


「最近、黒船の件で特に関心を持たれているようです」浅羽が静かに言った。「もし御目に留まれば——どうなるかは、分かりませんが」


 俺は深く頭を下げた。


「よろしくお願いします」



 屋敷への帰り道、俺は空を仰いだ。


 秋の雲が流れている。


 浅羽の話で、幕府の文書の流れが少しだが見えてきた。上書は目付を通って取りまとめられ、内容によって関係する奉行や役人の手に渡る。大量の書状の中で大半は放置されるが、稀に「これは」と思う内容が上の目に留まることがある。


(川路聖謨が関心を持っているなら、外国情報に関する建白書は目に留まりやすい)


 あとは中身の問題だ。


 俺は歩きながら、頭の中で建白書の構成を組み立てた。


 まず事実の提示。黒船の艦隊構成。ペリー提督の経歴と目的。交渉を求めている根拠。


 次に予測。十二月の再来。来年三月の交渉開始。


 そして提言。「開国は不可避です。問題は条件次第」という一行。この一行が攘夷論者には受け入れられないかもしれない。でも書く。


 夜を徹して、完成させよう。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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