第三十五話 部分改善の達成
条約が締結された。
安政五年(1858年)七月、日米修好通商条約。
岩瀬が俺の部屋を訪ねたのは、調印の翌日だった。疲れた顔をしているが、歩き方がしっかりしている。
「取れた」
一言だった。
「……治外法権の範囲限定が」
「入った。『開港場内の外国人と日本人の間の争いに限り』という文言で。小さい変更だが——条文に入った」
俺は頷いた。
「よくやった」
「お前のおかげだ」
「岩瀬殿の交渉力です」
「そう言ってくれ」岩瀬が苦笑した。「守旧派にはまた叩かれるだろう。『妥協しすぎだ』と」
「最恵国待遇と関税は」
「史実通りだ。それは変えられなかった。開港場も五港になった」
(一点。一点だけ変えた)
「それで十分です」俺は言った。
「十分か」岩瀬が少し意外そうな顔をした。
「今できるベストだった。一点でも変えられたことは、次の改正交渉に使えます。『開港場限定』という解釈が先例になれば、将来もっと広げられます」
「……前向きだな、お前は」
「悔しいのは悔しいです」俺は正直に言った。「でも落ち込んでいても次が来ない」
川路から書状が来た。「二人でよくやった。次は朝廷問題と将軍継嗣問題だ」という内容だった。
「もう次の話か」岩瀬が苦笑した。
「休む間がありませんね」
「まあいい」岩瀬が立ち上がった。「約束の一杯、今夜飲みに行くか」
「喜んで」
その夜、俺と岩瀬は小さな居酒屋に入った。二人で酒を飲んだのは初めてだった。
「神田、お前はいつか自分の話をするか」
「自分の話とは」
「お前の本当の話だ。どこで生まれて、何を知っていて、なぜここにいるのか」
俺は少し考えた。
「……いつかは」
「今は言えないのか」
「今は言えません」
「そうか」岩瀬が酒を一口飲んだ。「まあいい。お前が何者でも、今ここで一緒にいることは本物だ」
その言葉が、俺の中に静かに染みた。
「守旧派からの批判が『岩瀬忠震は信用できない』という声に変わってきている」
川路の言葉を、俺は心の中で繰り返した。
(その声が大きくなる前に、俺は手を打たなければならない。しかしまず——阿部の体だ)
翌朝、川路から「阿部様が最近、一日中横になっていることが増えた」という知らせが届いた。
「もう待てない」俺は静かに言った。「今すぐ動かなければ」
続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。




