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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第三十四話 最後の抵抗

「試みた」


 岩瀬が帰ってきたのは夕方だった。


「治外法権の範囲限定案を、交渉の場で主張しました」


「ハリスの反応は」


「最初は強く反発した」岩瀬が言った。「しかし——」


「しかし?」


「『開港場内の外国人が日本人と争った場合』という解釈の限定には、同意の余地があると感じました。ハリスが言葉を濁したのです」


「言葉を濁した」


「完全な拒否ではなかった。『検討の余地がある』という態度だった」


 俺の中で何かが動いた。


(一点だけ、動かせるかもしれない)


「関税の協議権は」


「そちらは——」岩瀬が言葉を探した。「妥協の余地なし、という反応でした。関税と最恵国待遇については、ハリスのラインが明確でした」


「そうですか」


「ただし」岩瀬が俺を見た。「お前の言っていた通りになっている。治外法権の一点に集中することで、向こうも少し軟化している。全部を守ろうとしていたら、全部失っていたかもしれない」


「岩瀬殿、守旧派の圧力はどうですか」


「強くなっている」岩瀬が率直に言った。「昨日も同僚から『なぜそこまで妥協するのか』と言われた。『岩瀬忠震は信用できない』という声も出ている」


「……申し訳ありません」


「お前のせいじゃない」岩瀬が短く言った。「俺が判断してやっていることだ」


 しばらく沈黙があった。


「神田」岩瀬が言った。


「はい」


「お前の言う通りにやってみる。治外法権の範囲限定、この一点を取りに行く。関税は今回は諦める。それが正しい判断だと思う」


「はい。それが最善だと思います」


「責任は俺が取る」


 その言葉が、部屋の中に落ちた。


(「責任は俺が取る」——岩瀬忠震が、俺のために背負ってくれている)


 俺は少しだけ、胸の奥に重いものを感じた。


「岩瀬殿」


「何だ」


「後で——守旧派が岩瀬殿を標的にすることがあれば、私は必ず動きます」


 岩瀬が俺を見た。


「何故そんなことを言う」


「思っていることを言っただけです」


 岩瀬がしばらく無言で俺を見ていた。


「……お前は変な男だな」


「よく言われます」


「まあいい」岩瀬が立ち上がった。「明後日、最終交渉がある。治外法権の範囲限定——これを取ってくる」


「よろしくお願いします」


「次の交渉が終わったら、一杯付き合え。お前と飲んだことがないな」


「喜んで」


 岩瀬が出ていった後、俺は部屋に一人残った。


 条約調印が間近に来ていた。


(「史実より少し良くなれる。それで十分だ」——しかしその後には、阿部の体の問題がある。そちらも待ったなしだ)


 俺は次の優先事項へ、静かに意識を移し始めていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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