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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第三十三話 朝廷の影

川路から呼ばれたのは、ハリス交渉の最中だった。


「神田、少し話がある」


 川路の顔が、珍しく困っていた。


「朝廷が外交問題に関心を持ち始めている。阿部様からの情報だ」


「どういう意味ですか」


「孝明天皇が、外国との条約締結に強く反対されているようだ。『異国との約束は許さない』という意志が朝廷から出てきている」


 俺は息を飲んだ。


(来た。勅許問題だ)


 史実では、1858年に安政条約が朝廷の勅許なしで締結されたことが、後の幕府への攻撃の口実になった。「天皇の許可なく勝手に外国と条約を結んだ幕府」という批判が、倒幕運動の正当性の根拠になっていった。


「川路様、これは非常に重要な問題です」


「分かっている。だからお前を呼んだ」


「朝廷を完全に無視するのは危険です。しかし朝廷に全権を渡すのも危険。外交の決定権が朝廷にあるということになれば、攘夷感情が強い孝明天皇の意志で条約が壊れます」


「だから、今のうちに朝廷対策が必要だと」


「はい。幕府が朝廷と定期的に話し合う仕組みを作ることが先決です。外交方針について、事前に朝廷に相談し、理解を求める——そうすることで、後から『勅許なしで決めた』という批判を防げます」


 川路が腕を組んだ。


「それは公武合体という考え方に近い」


「はい。幕府と朝廷が協調する形を作る」


「しかし」川路が慎重に言った。「それは幕府の権威を弱めるという反論がある。老中の中には『朝廷に相談したら、朝廷の言いなりになる』と言う者もいる」


「弱めるのではなく、正当性を強化するのです」俺は言った。「朝廷の理解を得た上で動けば、後から誰も文句を言えません。今、権威の問題で幕府が批判される構造を変えることが目的です」


「……理屈は正しい」川路が言った。「しかし政治的に実現するのは難しい。老中の間に意見の対立がある」


「今すぐ全員に理解してもらわなくていいです。阿部様が動いてくれれば、それで十分です」


「阿部様は……今は休養中だ」


 俺は黙った。


(ハリス交渉を最優先にしていたが、朝廷問題と阿部の体の問題が両方から押してきている。全部は一度にできない)


「川路様、今は一つずつやるしかないですね」


「その通りだ」川路が静かに言った。「今はハリス交渉を終わらせろ。朝廷問題はその後だ。ただし——忘れるな。この問題は必ず返ってくる」


「忘れません」


(「勅許なしで条約を結ぶと、後で倒幕の口実になる」——この事実を、俺は誰よりもよく知っている)


「分かりました。今は交渉を終わらせます。しかしその直後に朝廷対策を動かします」


 川路が頷いた。


「それでいい。急ぐな、しかし忘れるな」


 俺は「はい」と言って立ち上がった。


「治外法権の範囲限定——これが次の交渉での最後の抵抗ラインです。岩瀬殿と話し合います」


「頼んだ」川路が言った。


 俺は部屋を出た。夜の廊下が静かだった。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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