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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第二十七話 出島の情報

出島への訪問には、正式な手続きが必要だった。


 長崎奉行所を通じて申請し、一日の訪問許可をもらった。浅羽が「公式な申請が必要では……」と心配したが、「川路様の非公式な許可は取ってある」と答えた。


 出島は思ったより小さかった。扇形の土地に、オランダ商館の建物が整然と並んでいる。赤い屋根。白い壁。江戸の建物とは明らかに違う様式だ。


 案内された部屋で、通詞のヘンドリックという男が待っていた。


 五十代のオランダ人だ。日本語が達者で、俺と浅羽が入るなり流暢な日本語で「ようこそいらっしゃいました」と言った。


「長崎のオランダ商館の方に、欧州の情勢を定期的に教えていただきたいのです」俺は切り出した。


 ヘンドリックが目を細めた。「何かと引き換えに?」


「日本の情勢情報と、多少の謝礼を」


「日本の情勢情報というのは」


「主に政治の動向です。幕府の外交方針、諸藩の動き——長崎の商館にも有用な情報のはずです」


 ヘンドリックが少し考えた。「具体的にどんな欧州情報が欲しいのですか」


「三つです。一つ目、英国の対中国政策の変化。二つ目、ロシアの極東進出の状況。三つ目、西洋列強のアジア植民地政策の全体的な方向性」


「……それは政治的に敏感な情報もありますが」


「分かっています。詳細な軍事機密は求めません。新聞や公開された情報の範囲で構いません」


 ヘンドリックが腕を組んだ。しばらく沈黙があった。


「悪い話ではない」ヘンドリックが言った。「幕府の動向は我々も知りたい。合意しましょう」


「ありがとうございます」


「ただし——この取り決めは非公式なものです。商館長には報告しますが、公式な文書にはしません」


「それで構いません」


 握手はしなかった。この時代の日本式に、互いに頭を下げた。


 宿に戻ると、江戸から急使が届いていた。


 川路からの書状だった。短い。


「ハリスという米国領事が下田に到着した(1856年7月)。交渉を求めてきている。急いで帰れ」


 俺は書状を手に持ったまま、静かに「来た」と思った。


(ハリスが下田に来た。これが次の関門だ)


 タウンゼント・ハリス。米国初代駐日総領事。ペリーより遥かに手強い外交官だ。ペリーが軍人だったのに対し、ハリスは純粋な外交のプロだ。彼が求めてくる条約は——史実では日本に決定的な不平等条件をもたらした。


(急がなければ)


「浅羽さん、出発の準備を。明日の朝には長崎を発ちます」


 浅羽が「分かりました」と動き始めた。


 俺は窓から出島の方角を見た。


 今できることはやった。情報ルートの種を蒔いた。伝習所を確認した。次は江戸へ戻り、ハリス交渉の準備を始めなければならない。


 勝への伝言を書いた。「できるだけ早く江戸に戻れ。本番が来る」と。


 長崎の夜は、どこか甘い匂いがした。異国の香りが、海風に混じっている。俺は明日の朝から急いで帰る旅が始まることを、静かに準備した。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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