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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第二十四話 帳簿の影

澄に会う機会を作るのに、三日かかった。


 勘定奉行所に「財政報告書の件で確認したいことがある」という名目で訪ねた。澄が父の補助として来ていた。


 父の仙蔵が席を外した短い時間を使って、俺は澄に声をかけた。


「先日の件——帳簿が変だとおっしゃっていましたね」


 澄が少し目を見開いた。


「……覚えていてくださったのですか」


「気になりました。もう少し教えていただけますか」


 澄が周りを見た。他に人がいないことを確認して、俺に向き直った。


「これを私が言っていいのかどうか……」


「言っていただけると助かります」


 しばらく迷う顔をした後、澄が帳簿を開いた。


「ここです」澄が指を一点に置いた。「毎月、一定の金額が『雑費』として出ています。金額は小さくない」


「……どれほどの額ですか」


「百両前後です。毎月」


「一年で千二百両か」


「はい。しかし——」澄が少し眉を寄せた。「普通、この規模の雑費には用途の明細が添付されます。今回はない」


「明細なしで百両が毎月出ている」


「です。父に聞いたこともあるのですが、『上の方のご指示だ』と言うだけで、具体的な用途は教えてくれませんでした」


(これは財政不正の可能性がある)


 俺は即座にそう判断した。しかし顔には出さなかった。


「上の方というのは、具体的にどの方のお名前が」


「書状には名前がありませんでした。ただ——承認の印が、勘定奉行所の上位の方のものでした」


「その方のお名前は」


「上田様というお方です」


 知らない名前だった。


「それ以上は」


「分かりません」澄が少し困った顔をした。「私が調べられる範囲では、ここまでです」


 俺は少し考えた。


「お願いがあります」


「はい」


「引き続き、この件を記録しておいてください。金額、日付、承認印の名前——全部。そして私以外には話さないでほしい」


 澄が俺を見た。真剣な目だった。


「……信頼して、よいのですか」


「信頼してください。この件は慎重に動きます。ただし、証拠が必要です。記録してもらえれば助かります」


 澄がしばらく考えた。


「……分かりました」


「もう一つ聞いていいですか」


「はい」


「お父上は、この件の詳細を知っていると思いますか」


 澄の目が揺れた。一瞬だけ。


「……父も、知っているかもしれません」


 その答えは、予想より複雑な問題が奥に潜んでいることを示していた。


(父・仙蔵は何を知っているのか。なぜ口をつぐんでいるのか)


 父の仙蔵が戻ってきた。俺は普通の顔で「ありがとうございました」と言って、その場を収めた。


(今は証拠を集める段階だ。動くのはその後だ)


 翌日、川路から長崎への出張命令が来た。


「海軍伝習所の視察と、情報収集が名目だ。いつ行けるか」


「来週には出られます」


(今の江戸を離れたくない——そう思いながら、俺は「長崎には長崎でしか得られない情報がある」とも判断した)


 帳簿の謎は、俺が戻るまで待ってもらうしかない。澄に「しばらく時間をください」と書状を送った。


 長崎への旅の準備をしながら、俺は「帳簿の影の正体は何か」という問いを、頭の隅に置き続けた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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