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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第二十話 阿部正弘との対面

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

江戸城の表御殿に入ったのは、生まれて初めてのことだった。


 重厚な廊下を歩く。足音が妙に響く。案内の役人が前を歩き、俺は後ろをついていく。


(落ち着け。俺は何度も頭の中で今日の話をした。準備はできている)


 通された部屋は広くなかった。しかし整えられていた。


 川路が先に来て座っていた。


 そしてもう一人——正面に、一人の武士が座っていた。


 三十六歳。顔は整っているが、どこか疲れている。目は鋭く、しかし温かみがある。着物の質はいいが、飾り気がない。


 阿部正弘だ。


「神田伊織か」


「はい。参上いたしました」俺は深く頭を下げた。


「座れ。時間が限られている。聞かせてほしい」


 短い言葉だった。しかし圧迫感はない。


「海軍改革計画をお持ちしました」俺は書類を差し出した。


「川路から既に読んだ」阿部が言った。「聞きたいのは、なぜそれが必要かという理由だ。政治的な判断をするためには、技術の話より理由が必要だ」


「はい」


 俺は話した。


 幕府が海軍を持たなければどうなるか。十年後、二十年後の日本の姿。西洋列強がアジアで何をしてきたか。中国で何が起きたか。そして今、日本が同じ道を辿りつつあること。


 阿部が途中で遮った。


「中国の件は知っている。しかし日本と中国は違う」


「どう違うと思われますか」


 阿部が少し目を細めた。「君は逆に問うのか」


「お考えを聞かせてください。私の見立てを修正できるかもしれません」


 阿部がわずかに口端を上げた。「……日本は鎖国をしてきた。中国ほど開いていなかった。そのため、まだ時間がある」


「時間はあります。しかし短い。三年後から五年後に、本格的な通商条約の交渉が来ます。その時に海軍がなければ、完全に弱い立場で交渉することになります」


「海軍があれば交渉力が上がる、か」


「はい。直接戦うためではなく、選択肢があることを相手に見せるためです」


 阿部が静かに聞いていた。


「長崎海軍伝習所について。前倒しで開設することを考えよう」


 その言葉が、部屋の中に落ちた。


(承認された)


「ありがとうございます」


「礼は結果が出てからにしてほしい。それと——」阿部が俺を正面から見た。「神田、君に頼みたいことがある」


「はい」


「幕府の今後について、もっと詳しく聞かせてほしい。川路を通じてでよい。定期的に見立てを教えてくれ」


「喜んで」


 面会が終わって、俺は川路と連れ立って表御殿を出た。


「どうだった」川路が聞いた。


「……緊張しました」


「見えなかった」


「内側だけです」


 川路が静かに笑った。


「阿部様は認めた。それは確かだ。次も来てよいと仰った」


 俺は歩きながら、阿部の顔を思い出した。


 整った顔立ち。しかしどこか。


「川路様」


「何だ」


「阿部様は……お顔の色が、少し悪くなかったですか」


 川路が歩きながら少し間を置いた。


「……多忙すぎる。藩の業務も加わって、休む間もない状態が続いている」


「深刻ですか」


「今すぐは、ない。しかし——」


 川路が言葉を止めた。続かなかった。


 俺は黙って歩き続けた。


(1857年。三年後に阿部は急死する。今のうちに何かができるか。何か——)

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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