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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第十八話 本物の試験

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

その夜は、勝の長屋で夜明けまで話した。


 狭い部屋だった。書物が積み重なっている。西洋語で書かれた本も何冊かある。蒸気機関の図面らしいものを広げて、勝が俺に向かい合った。


「西洋艦隊の戦術について、お前はどこまで知っているか」


 俺は少し考えた。


「トラファルガー海戦の話は知っています」


「聞かせてみろ」


「1805年、英国のネルソン提督が率いる英国艦隊がスペイン・フランスの連合艦隊を破った海戦です。ネルソンは縦陣形で突撃するという当時の常識を破る戦術を使い、敵の連携を断ち切りました」


 勝が黙って聞いていた。


「蒸気機関と帆の複合艦については——風がなくても動けるという機動力の優位が戦術に根本的な変化をもたらします。帆船時代の海戦は風向きで有利不利が決まりましたが、蒸気機関があればそれが変わります」


「それは正しい」勝が言った。「だがお前が知らないことも教えてやる」


 勝が図面を開いた。


「蒸気機関の問題は石炭だ。大量に燃料を積む必要がある。その分、船が重くなる。外洋を長距離航行するには補給拠点が必要になる。ペリーが日本に来た理由の一つが、実はこれだ——太平洋を渡る時の石炭補給地点が欲しかった」


「なるほど」


「つまり、日本が海軍を作るなら、長距離航行の補給問題も考えなければならない。技術だけじゃない。ロジスティクスだ。補給の話」


 俺は「ロジスティクス」という言葉を使いそうになってやめた。


「……兵站の問題ですね」


「そう」勝が俺をじっと見た。「お前は設計の話は知らないと言った。その通りだ。だが戦略は分かる。俺は設計が分かる。二人で一つになれる」


「そう思っています」


「それと——お前、俺に何かを隠しているな」


 不意の言葉だった。


「……隠しているものが、あるかもしれません」


「教えてくれるつもりはないか」


「今は」


「正直だな」勝が笑った。「まあいい。お前が何者かは聞かない。でも普通の人間でないことは分かる」


「そうは見えないと思いますが」


「見える。普通の旗本は、外国の海軍の戦術をあんな風に話せない。本で読んだだけじゃない目をしている」


 俺は答えなかった。


 勝が腕を伸ばして図面を丸めた。


「一つ聞く。お前は本当に幕府を変えられると思っているか」


「思っています」


「なぜ」


「やれることがあるからです。まだ間に合う部分がある。それを一つずつやっていけば」


「失敗したら」


「また考えます」


 勝がしばらく俺を見ていた。


 それから静かに言った。


「よし、お前は本物だ」


「本物とは」


「知識が多いことじゃない。知らないことを知っていることだ。俺が蒸気機関の話をした時、お前は『なるほど』と言った。知ってるふりをしなかった。それが本物の証拠だ」


 俺の中で何かが解けた気がした。


「俺と一緒に、海軍改革計画の草稿を書こう」


「喜んで」


「阿部様への面会の前にだ。あの方に見せられるものにする」


「分かりました」


 窓の外が白み始めていた。江戸の夜が明ける。


「明日からも来るか」勝が聞いた。


「来ます」


「よし」勝が簡単に言った。「お前とならこの国を変えられるかもしれない」


 俺はその言葉を、静かに心に受け取った。


(この人と組めば、確実に何かが変わる)


 阿部との面会の前に、勝との計画書を作る——次の段階が始まっていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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