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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第十六話 部分的な勝利

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

「締結された」


 岩瀬が来た時、最初にそれだけ言った。


 嘉永七年(1854年)三月三日。日米和親条約。


 俺は「そうか」と静かに言った。


「下田と箱館を開港する。ペリーが望む最低限は満たした」


「最恵国待遇条項は」


「入った」岩瀬が短く言った。「ただし——一箇所だけ変えられた」


「どこを」


「最恵国待遇の適用範囲に、『協議の余地を残す』という文言が入った。完全な撤廃ではないが、後の改正交渉で使える余地ができた」


 俺は岩瀬の顔を見た。


「……よくやった」


「お前のおかげだ」岩瀬が言った。「あの双務化の要求を記録に残したことで、向こうも条件を少し柔らかくした。完全ではないが」


「完全である必要はありません」俺は言った。「一歩でも変われれば、次の一歩が打てます」


 岩瀬が笑った。「お前は……変わった男だな。普通の旗本なら、ここで『残念だ』と落ち込むか、あるいは『やったぞ』と喜ぶかどちらかだが」


「喜んでもいます。落ち込んでもいます。でも次のことを考えています」


「次というのは」


「ハリスが来ます」俺は言った。「タウンゼント・ハリスという米国の外交官です。二年後か三年後に日本に来て、今度は本格的な通商条約を求めてきます。そちらの方が、今回よりはるかに難しい交渉です」


 岩瀬の顔が引き締まった。


「……どのくらい難しい」


「今回は『港を開けるかどうか』だった。次は『どんな条件で貿易するか』という交渉です。関税・治外法権・居留地——全て出てきます」


「治外法権とは」


「外国人が日本国内で犯罪を起こしても、日本の法で裁けなくなる仕組みです。外国人は自国の法で裁かれます」


 岩瀬が静かになった。


「それは……屈辱的だな」


「史実では日本は長く苦しみます。だから今から準備しなければなりません」


「二年後、か」


「はい。しかし来る前から対策を練れます。俺には見立てがある」


 その時、川路から使いが来た。書状を持ってきた。


 川路の字で短く書いてあった。


「阿部様より。神田の見立ては正しかった。会おう」


 俺は書状を手に持ったまま、動けなかった。


(会おう)


 阿部正弘が直接、俺に会おうと言っている。


 岩瀬が横から書状を見て「……お前、やったな」と言った。


「やりました」俺は静かに言った。


「感情ないのか」


「あります。ただ……次のことも、もう考えています」


 岩瀬が苦笑した。「相変わらずだ。まあいい。おめでとう、神田」


 俺は深く息を吸った。


(阿部正弘と直接会える。ここからが本当の始まりだ)


 だが同時に、もう一つのことが頭にあった。


 阿部と会う前に——もう一人の本物と会っておきたい。


 勝海舟という名前が、俺の頭に浮かんだ。


 次はその人物と会う番だ。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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