第十四話 ペリー帰還
本作は全70話完結予定です。
毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。
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二月に入った日の朝、浅羽が飛び込んできた。
「神田殿! 黒船が来たとの知らせです!」
俺は手を止めた。
「……二月か」
「ご存知でしたか」
「三月と思っていましたが、少し早かった。浦賀沖ですか」
「はい。今回は前よりも多くの艦隊とのことです」
俺は立ち上がった。
(二月に来た。予測より一ヶ月早い。そして前回より大きい艦隊——史実通りだ。ペリーは今回、江戸に近い羽田沖まで来ることになる)
江戸がまた騒然となった。
鷲尾のところからも使いが来た。「仲間が集まっている。来い」という伝言だ。
俺は断った。
代わりに岩瀬のもとへ急いだ。
岩瀬は既に役所にいた。机の上に書状が積み上がっている。顔が険しい。
「来たか」岩瀬が俺を見て言った。「三月ではなかった」
「予測の範囲内です。前回から七ヶ月です。二月から六月の間という見立てでしたから」
「前より多い艦隊だと言っていた」
「八隻と聞きました。前回は四隻でした」
「倍だ。威圧だな」
「はい。今回は江戸に近い羽田沖まで来ると思います。幕府に対して『我々は江戸を砲撃できる距離まで来られる』という圧力をかけるためです」
岩瀬の目が光った。「なぜそれが分かる」
「交渉の前に最大の圧力をかける。これがペリーの戦術です。羽田まで来れば、幕府は焦って和議の席につかざるを得ない」
「……正解だとすれば、幕府はこれを拒否できないということか」
「できません。戦えば負ける。戦わずに交渉するしかない」
岩瀬が短く「分かっている」と言った。
「来週から交渉が始まる」岩瀬が書状を手に取った。「私が担当になった。正式に」
「そうですか」
「神田、頼みがある」
「何でしょう」
「俺が交渉から戻るたびに、お前に話を聞いてほしい。今日ペリーがこう言った——次はどう返すべきか、そういう話だ。交渉の内側に入れるのは幕府の正式な担当者だけだ。だが知恵は外から借りていい」
俺は頷いた。
「喜んで」
「それと——」岩瀬が少し声を落とした。「川路殿から聞いた。和親条約の草案に最恵国待遇条項が入りそうだということを、阿部様に既に報告した。阿部様は『できる限り対抗しろ』と言っておられる」
「阿部様が」
「お前の情報が、阿部様を動かした」
俺の中で何かが静かに震えた。
(届いた。まだ間接的だが、俺の言葉が幕府の頂上に届いた)
「幕府内では『和議か攘夷か』で割れています」俺は言った。「攘夷派が強硬です。彼らを説得することは——」
「今は時間がない」岩瀬が遮った。「攘夷論者を説得している余裕はない。今はペリーと向き合うことだ」
「そうですね」
岩瀬が立ち上がった。「また来い。三日後に、最初の交渉がある」
俺は深く頷いた。
(一ヶ月早く来た。歴史は完全には予測通りでない——その警戒を、俺は改めて心に刻んだ)
歴史の流れの中で、俺は今確かに動いている。しかしその流れが少しずつズレ始めていることも、今日の「二月来航」が教えてくれた。
交渉が始まった。岩瀬が戻るたびに話を聞き、次の手を一緒に考える——その形で、俺は幕府の外交に関与し始めることになった。
続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。




