第十三話 老中首座
本作は全70話完結予定です。
毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。
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川路からの知らせは、一週間後に来た。
浅羽が訪ねてきて、封書を差し出した。
「川路様より、お届けするよう言われました」
封書を開けると、川路の筆で「阿部様がお前の建白書を読まれた。近日中に書面での問答から始める」と書いてあった。
(届いた)
俺は立ったまま、その紙を見つめた。
感情が整理できなかった。嬉しいのか、緊張しているのか。両方だった。
阿部正弘。この時代で最も幕府の未来に真剣に向き合っていた人物。そして——俺がいつか失うことになる人物。
数日後、川路を通じて阿部からの書状が届いた。
その書面は短かった。
「十二月の来航は正確だった。来年三月のことも正確ならば、直接面会を許そう」
筆跡が——丁寧だった。一字一字、整っている。だが何か、力が落ちているような感じがした。紙への筆の押し付け方が弱い。
(この感覚は何だろう)
俺は自分の感想を振り払って、返書を書いた。
「確かに来ます。また、最も避けるべき条項を申し上げたい」
川路に届けてもらった。
川路が「文面がいい」と短く言った。「感謝を並べず、情報を出した。正解だ」
「阿部様は、実際どのようなお方ですか」
川路が少し考えた。
「慎重で、現実主義者だ。お前のように急くことはしない。だが——信頼した者を動かす力がある」
「どうすれば信頼されますか」
「正しいことを言い続けることだ」川路が簡単に言った。「阿部様は嘘を見抜く目がある。しかし正しいことを言い続ける者には、必ず耳を傾ける」
俺は頷いた。
「一つ聞いてよいですか」
「何だ」
「阿部様のお体は——」
川路が視線を向けた。
「気になるか」
「書面の筆跡が……少し」
川路が短く息をついた。「……確かに、最近は多忙すぎる。幕府の政務だけでなく、藩の業務もある。それに外国問題が加わった。限界は超えているかもしれない」
「それは」
「深刻とは言わない。まだ。しかし——注意しておく必要はある」
川路の目が少し遠くを見た。「多忙すぎる人物というのは、気がつくと限界を超えているものだ」
(1857年。三年後。阿部正弘は三十九歳で急死する)
俺の中で、時計が動いている。
「阿部様に会いたい。早く」
「来年三月、交渉が始まれば機会が来る。それまで待て」
「分かりました」
(ならば三月までに、もう一手打てることを証明する。二月にペリーが来る——その前に交渉の詳細な見立てを準備する)
俺は帰り道、江戸の空を見上げた。
冬が深まっていた。来年の春が、どこか遠く感じる。しかし確実に来る。
「来年三月の直接面会を許そう」という阿部の言葉が、俺の中で灯火のように燃えていた。
続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。




