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◇◆◇◆◇


 窓から飛び降りた私たちは、森へと身を潜めた。

 薬のせいか、叶夜君にいつものような体力はないらしい。




「――――居たか!?」




 近くで声が聞こえる。それは私たちを探している声で、こちらに近付く足音も、次第に聞こえ始めた。


「ったく、ここまで早いとはな」


 様子をうかがう叶夜君は、苦い顔をしていた。


「あ、あのう……このまま、ですか?」


「悪いが、しばらくこのままいてくれ」


 今の状態は――叶夜君に、前から抱きしめられている形。ドキドキしてる場合じゃないってわかってるのに、そんな気持ちとは裏腹に、頬は熱を帯び、心臓は未だ激しく高鳴っていた。


「二手に分かれる。一方は奥を、もう一方は反対側を探せ!」


 足音が消えるまで、その場にじっと身を潜める。息をする音さえ聞こえるんじゃないかと、兵士たちが立ち去るまで、生きた心地がしない。




「――――行ったか」




 腕の力が、少し緩められる。けれど、やっぱり体勢は抱きしめられたまま。


「これから……どうするんですか?」


「湖に行って帰りたいが、この様子じゃ、あっちは見張られてる。まだしばらく、ここで大人しくしていた方が無難だろう」


「だったら……離して、ほしいんですけど」


 呟けば、叶夜君はニヤリと、悪戯っぽい笑みを浮かべ、


「お前――俺から離れたいのか?」


 耳元で、色っぽい声で囁かれた。

 それに驚き逃げようとするも、再びしっかりと抱き留められた腕からは、逃げることができなかった。


「……なんで逃げる?」


「だ、だって! いきなり、そんなこと言うから……。い、いつもと、雰囲気が違いますし」


「おそらく、これが素なんだろう。お前といると、色んな感情が湧いてくる」


 嬉しそうに、叶夜君は私の頬に触れる。


「お前の存在は……オレの全てだ。何かを感じたのも、誰かに関心を寄せたのも全部、お前と会ったからだ」


 まっすぐ、青い瞳が私を見据える。

 いつもより綺麗な気がして、恥ずかしいのに、目をそらすことができない。


「そ、それはどうも……。ありがとう、ございます」


「と言うより、なんで敬語なんだ?――さっきまで、普通に話してただろう?」


 再び耳元で囁かれる声に、私は思わず、間の抜けた声を上げていた。


「えっ、と……。あれは、勢い、みたいなもので」


「なんだ。もう話してくれないか?」


「そ、そういうわけじゃあ」


「ならいいだろう? さっきみたいに、俺と話してくれよ」


「……な、なんだか。雅さん、みたいですね」


 こうやって引っ付いたり、たまに見せる意地悪っぽいところが重なって見えた。

 それに叶夜君は、ちょっと納得がいかない表情を浮かべていた。


「ミヤビと一緒か……」


「一緒というか、似てる気がします」


「こういう俺は、嫌いか?」


「嫌い、ではないですけど……恥ずかしい、ので」


「ま、これからは素でいくから。――逃げるなよ?」


 その言葉に、私はいつかの光景を思い出した。

 冗談で、私の首筋に唇を当ててきた日。なんとなく嫌な予感がして、私は無駄だとわかっていながら、腕の中から逃げようとした。


「――言ったそばから」


 ぎゅっと、腕に力を込められる。それでも私は、子供みたいにジタバタともがいていた。


「ふっ。その姿、なんだが可愛いな」


 片手を私の頭に置き、叶夜君は優しく撫でていく。


「安心しろ。嫌がることはしない。――これから、名前で呼んでくれないか?」


「? それって、本当の名前でですか?」


「いや、それは秘密だ。――下の名前で、呼んでほしい」


 少し低い、艶のある音声。それに恥ずかしさを感じながらも、私はなんとか言葉を口にした。


「いい、ですけど。呼び捨て、ですか?」


 顔を少し上げ、様子をうかがう。すると叶夜君は顔を背け、私の視線には気付かない素振りをしていた。



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