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 死んで、る……?




 嘘だと思いたい。嘘だって思いたいのに……。目の前の光景と鼻を衝くその臭いに、これは紛れもない現実なんだということを突き付けられてしまう。




「――ケガはないか?」




 冷静な声が、私に語りかける。

 視線を地面から徐々に上げ、呼びかけた人物に焦点を合わせてみれば、




「どこか、痛んだりしないか?」




 声の主は――叶夜君、だった。

 凛とした表情でまっすぐ私を見つめるその瞳は、とても強い印象を受けた。

 白だったYシャツが、鮮やかな赤に染まっていく。

 大量の血を浴び、目の前には死体が横たわっているにもかかわらず、叶夜君は表情一つ変えなくて――その姿はまるで、命を刈る“死神”のようだと、そんなことを考えてしまった。


「美咲さん……?」


 目の前に来て、膝を付く叶夜君。

 反応を示さない私を心配してか、ゆっくりと頬に手が伸びていき、


「――っ!?」


 反射的に、体はその手から逃げていた。


「ご、ごめん、な、さい……あ、あり、がっ」


 結果はどうあれ、私を助けてくれたことに変わりはない。だからちゃんとお礼を言おうと思ったのに……声は、まともに出てくれなかった。


「……俺が、怖いか?」


「!? そんなっ、こと」


「声も、体も震えてる」


「そ、それは……こ、こんなに、たくさん血……見たこと、無い、から」


「……嫌なものを見せて、悪かった」


 頭ではわかってる。これが、私のためにやったことだって。




 ……それなのに。




 すぐに、受け入れることができなくて。まともに目を合わせられないほど、私は動揺を隠せないでいた。




「……こういう時、どうしたらいいんだろうな」




 小さく呟かれた言葉。とても弱々しいその声からは、さっきまで血の海に立っていた人と同じとは思えないほど、別人の声に聞こえた。




「しばらく……君には触れない」




 何か言ったと思えば、叶夜君はすっと立ち上がり、私との間に距離を取る。


「――叶夜です。美咲さんが処理の現場を見てしまって」


 そして背を向けながら、誰かに今の状況を電話していた。

 まだ体が動かなくて、視線だけをなんとか向けて見ると――ちょうど話が終わった叶夜君と、目が合ってしまった。


「っ!? あ、あのう……」


「大丈夫。オレはもう、触れないから」


 途端、叶夜君の周りが、黒い光に包まれる。なにが起きたのかと見ていれば、光は、男性の体からも発せられていた。よく見れば、それは地面に広がっていた血も同様に光りを発していき――治まった時には、死体も血も、跡形もなく消えていた。

い、今の、って……。

 困惑する思考。再びパニックになりそうな気持をなんとか静め、これ以上取り乱さないよう、気持ちをしっかり保とうと努めた。


「帰りは、他のやつに頼んだから」


 しばらく待っててくれと言う叶夜君の言葉に、私は首を傾げた。

 わざわざ呼ばなくても……一緒に、帰ればいいんじゃないの?

 どうしてだろうと表情を曇らせれば、それを察したのか、叶夜君は私の方を向き、




「触れるのは……怖いだろう?」




 一歩。たった一歩、こっちに近付いただけなのに――本能的に、体は叶夜君から逃げていた。


「これで、他のやつを呼んだ理由が分かっただろう?」


 考えを見透かすような言葉。自分では大丈夫だと思っていても、実際にはまだ、恐怖が体を支配していた。


「多分、ミヤビが来るだろう。だから美咲さんは、ミヤビと一緒に帰ってくれ」


「……だい、じょうぶ」


 ちゃんと、言わなくちゃ。 ここで言わなかったら、きっと、叶夜君は責任を感じちゃう。


「ま、まだ怖い、けど……叶夜君のことは、大丈夫、ですから」


 ゆっくりと立ち上がり、徐々に距離を詰める。そして手を伸ばしながら、


「だから……さ、避けないで、下さい」


 叶夜君の腕を掴み、声を振り絞って伝えた。

 確かに、あんな光景を見てしまえば怖い。でもだからと言って、叶夜君のことをずっと怖いと思うことはない。護ってくれようとしたことは……痛いほど、伝わってるんだから。




「…………難しいな」




 苦笑いを浮かべたかと思うと、叶夜君は手を払い除け、


「俺の方が、怖がってるらしい。――余計なことはするなよ」


 そう言って、突然肩を押された。途端、倒れようとした体はしっかりと支えられていて、


「ったく、オレだって簡単に手出ししないっての」


 ちょっと拗ねた様子の雅さんが、後ろに立っていた。

 い、いつの間に来たんだろう。

 相変わらずの登場に、私は一瞬、恐怖を忘れていた。


「オレが送るけど、問題ないよね?」


「あ、はい……でも」


 また体が震えてしまって、なかなか治まる気配がない。

 不快な思いをさせるんじゃないかと心配していれば、


「っ!? み、雅……さん?」


 突然ひょいっと、体を抱えられてしまった。


「変な気とか遣わないの。色々あった時は考えない! ね?」


 ニコッとやわらかな笑みを向けられ、思わず、その言葉に頷いてしまった。

 そう、だよね……。

 色々考えても、仕方ないことだし。

 そう思ったら、なんだかどっと、疲れがきた気がする。


「そうそう。オレ、美咲ちゃんのそばにいるようにしたから――って、寝ちゃってる?」


 目蓋が重くなり、もう、言葉を返すことも億劫おっくうになってきた。


「疲れちゃったんだね。ゆっくり休むといいよ」


 その言葉を最後に、私の意識は、徐々に眠りへと落ちていった。


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