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「――――生きてる、から」
その言葉に、抱きしめた腕が緩む。
視線が合うと、自分はそのまま、少年を見つめた。
「まだ――生きてる。だから、助けられなかったわけじゃない。やり直すことは、可能だと思う」
言葉使いが、日向美咲らしからぬものになっていく。それでも、今自分が思ったことを口にするには、この方がいいと判断した。
「確かに、今までの日向美咲はいない。自分が覚えているのは――みんなを護る。護りたいという思いだけ。この状態の自分がみんなを悲しませてしまうなら、日向美咲に近付く。その者たちが悲しまないよう、自分は努力する。だから――そこまで、責任を感じることはないと思う。自分はまだ生きてる。だから、やり直せばいいだけのことだと思う」
言い終わっても、少年からはなんの反応も返ってこない。
――ただ、見つめ合うだけで時間が過ぎていく。
どれぐらいそうしていたのか。
ふと、少年の雰囲気が和らぐのを感じた。
「――――変わってない」
先程よりもしっかり、抱きしめられる体。
心音がはっきり聞こえる距離に、なんだか、温かい感覚がわいてくる。
「――やり直せば、いいんだよな」
言い聞かせるように、少年は何度も、同じ言葉を繰り返していた。
そして腕を緩めると、
「俺の名前は、叶夜。お前からは、叶夜君って呼ばれていた」
改めて、自分の名を教えてくれた。
叶夜くん、か。だが……なんだか、しっくりこない。
おそらく、まだ友達という感覚がわからないから、そういう呼び方に違和感を抱くのだと思う。
知識としては理解していても、やはり経験がないと、本当に理解はできないのかもしれない。
「すみません。そう呼ぶのは違和感があるので――叶夜さん、と言うのは?」
「悪い。それはオレが慣れそうにない」
苦笑いを浮かべる少年に、だったら呼び捨てでも構わないのかと聞く。それに少年は、慌てた様子を見せ始めた。
「か、構わない。構わないが……こっちも、今まで呼ばれていないから」
困るなら変更を、と言えば、何故か全力で否定された。――とりあえず、自分はこれから、この少年を叶夜と呼ぶことで決まった。
「じゃあ早速だけど、叶夜が知ってる日向美咲を教えてもらえますか?」
「いいが、休まなくて平気なのか?」
「大丈夫。自分に、教えてもらえますか?」
「――なら、少しでも辛くなったら休めよ?」
頷けば、叶夜はゆっくり、話を始めてくれた。
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まずは、初めて出会った時の話をした。
俺がベンチで倒れていると、そこに彼女が来たのが始まり。
同じ病気だということで話がはずんだんだと。
「病気――?」
自分に病がある実感が無いのか、美咲は首を傾げた。
「今はほとんど無いかもしれない。そこは、リヒトさんじゃないとわからないから」
「リヒト……確か、エメさんから医者だって聞いた」
「そうだ。だから、病気に関してはその人に聞いてくれ」
「わかりました。それで、続きは?」
促され、俺は続きを話し始めた。
次に会ったのは、ベンチで話をして数時間後――夜の公園でだった。
おそらく、あの時から美咲の中にある命華の力が目覚め始めたのではないかと思う。
ミヤビに引き寄せられたせいかは知らないが、その後は学校で美咲に接触するようにしていたと言えば、その辺りのことは少しわかると告げられた。
「もしかして……記憶が」
「日記にありました。全てではないけど、その辺りから、叶夜と雅さんの名前が出てくるようになりました」
……なんだ、日記か。思い出したと思ったんだが。
少しでも喜んでしまった自分が、なんだか恥ずかしくなってくる。
「見てほしいものがあるのですが――」
いいですか? と、聞かれた。
頷くと、美咲は本棚から一冊の本を手にしてきた。
指された部分を見れば、そこには俺とミヤビのことが書かれていた。
〝雅さんは、明るくてノリがいい人。
叶夜くんは、真面目で優しい人〟
真面目で――優しい。
この時、そんなふうに思ってくれていたのか。
これがどうしたのかと聞けば、美咲は次のページをめくり指した。
〝だけど――時々、辛そうな雰囲気がある〟
そしてその後には、どうしたら笑ってくれるだろうとか。
淋しい顔をさせないですむのかというような言葉が綴られていた。
「文章を見ただけではわかりませんでしたが、今の叶夜の様子と、話していて、少し理解できました。叶夜は――とても強い、贖罪の念にかられているんだと」
真っすぐ、美咲が俺を見つめる。まるで心を見透かすような瞳に、身動きが取れなくなってしまう。
「最初は、日向美咲に対してだと思っていましたが――他のことで、なにか大きなことがあったのですね」
「……何故、そう思う?」
「叶夜が自分に触れた時、見えたんです。自分に懺悔をしている時に、叶夜の思考が」
理由はわかりませんけど、と付け足し、美咲は日記をしまった。
触れた時に見えたって……。
俺の記憶全てが見える、ってことなのか?
命華特有の力なのかと考えていると、
「叶夜は今――悲しいですか?」
不意に、そんな言葉が耳に入った。
「まぁ……少しは」
視線を外し、そう答えた。
それは、正直な感想。こうして目の前にいてくれるのは嬉しいが、手放しで喜べるわけじゃない。忘れられてしまったという事実は、やはり悲しいものだから。
「自分が――なんとかする」
静かに告げられたのは、思わぬ言葉。
再び視線を向ければ、真っすぐな瞳が、オレを見据えていた。
「日向美咲は、叶夜に心から笑ってほしかった。自分にあるのはみんなを護ること。なら、辛い思いから叶夜を護るのも大事なことになる。――だから」
表情は乏しいものの、言葉はとても温かく。
いくら記憶が無いといっても、やはり、彼女という根本は変わっていないのだと実感した。
「今の自分が――叶夜を護る」
美咲が……俺を護る。
嬉しいが、そういうのは男の台詞だ。
お前が俺を護るというなら、俺は今のお前に、再び誓いをしよう。
「俺も必ず――お前を護る」
記憶があろうとなかろうと、この思いは変わらない。
もう、後悔などしてたまるか。




