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 ――時刻は夜中の二時過ぎ。

 部屋にある物を見ながら、これまでの自分を認識しようと起きていたが、さすがに疲れが出てきた。

 自分は日記を付けていたようで、どんな日々を過ごしていたのかはわかってきたが――ここ数日。自分に初めて異変が起きた頃から、記す頻度が少ななくなっている。

 肝心なとこがわからない、か。

 エメさんが言っていた名前も、これには記してある。

 雅さんは、明るくてノリがいい人。

 叶夜君は、真面目で優しい人。だけど――時々、辛そうな雰囲気があると。




『オレが必ず……護る』




 頭に巡るこの者が、ここに記されている叶夜という者なのだろうか。


「辛そう――。どうして、そんなことを思ったんだろう」


 今その者を見ても、同じ感情がわくだろうか?

 その者は、自分にとってどんな関係だったのだろう?

 ――まだ、彼等には会わない方がいいのではと考えが巡る。姿形は同じでも、中身は違う者。彼等を護るという思いが強くあるせいか、悲しませてしまうような行為はやめた方がいいように思えてきた。

 手にしていた日記を、本棚にしまう。その時ふと、外に目を向けた。


「――――色が、違う」


 綺麗な月が、ちょうど窓から見えた。

 足が自然と窓に向き、縁に腰をかけ眺める。

 さっきまでいた場所は青い月だったのに、ここから見るのは、白くてやわらかい、暖かな色をしている。




 こうしているのは――好ましい。




 静かなこの雰囲気は、余計な思考がなくなる。記憶にある、あの水の中にいたような感覚に近くて、心が軽くなっていく。

 自分が自分として動いて、初めて感じた思いかもしれない。




「――――?」




 気配を感じた。外を見ても、家のそばに気配の元となるものは見つからないが――まだ、気配は消えない。危ないものではない雰囲気に、窓を開け外に出た。

 すとん、と静かに足から着地する。途端、気配の元が近付いて来るのを感じた。

 これは……人だ。

 敵意は感じないから、おそらく自分と関わりのある者だろうと予測していれば、


「――――美咲、さん?」


 屋根の上から、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば、そこにいたのは黒髪の少年。地面に下りると、おそるおそるこちらに近付き、自分の両肩に触れた。


「美咲さん――だよな?」


 問いかける声は、微かに震えていた。


「そうですけど――あなたは?」


「!?……オレが、わからないのか?」


 動揺する少年。その様子に、エメさんが言っていた言葉を思い出した。


『多分、リヒトさんあたりが卒倒しちゃいそうだから。――あ、リヒトさんよりも、ノヴァの方が危ないかも』


 このままなら、この人は卒倒しそうな気がする。となると、名はヒカルかノヴァのどちか。確か、エメさんはリヒトという人にはさん付けをしていたから、


「――ノヴァ、ですか?」


 そうじゃないかと思われる名を口にした。


「合ってるが、普段は叶夜――いや。それより、何があったんだ?」


「何がと言われても――」


「美咲に聞いても無駄だぞ」


 家の中から、黒髪の女性が出て来て言う。


「話によると、美咲は記憶喪失らしい」


「? 記憶喪失ではっ」


「思い出せるよう、お前が話相手になってやれ」


 言葉を遮り、女性はそんなことを言った。

 自分の今の状態は、記憶喪失などではないのに――。言わない方がいいと、そういうことだろうか?


「美咲は、部屋に戻って休め。何か感じても、それはこちらで対処するから案ずることはない。――叶夜、頼むぞ」


 すると、あっと言う間に少年に抱えられ、部屋に連れて来られていた。


「わざわざ、すみません」


「それはいいが――本当に、何も覚えていないのか?」


「そうみたいです。あなたのことだけでなく、自分のこともあやふやで」


「――――そうか」


 少年の瞳が、徐々に影を帯びていく。綺麗な青い瞳が、今では悲しい色に染まっていた。


「――――オレに、力が無いから」


 両手を握りしめ、後悔の言葉を口にする。余程悔しいのか、自分に対して、すまないと懺悔の言葉を何度も口にしていた。


「えっと――自分は、このとおり大丈夫なので。気にしないでっ、も?」


 突然、目の前が暗くなる。

 全身を包むような感覚に、少年に抱きしめられているのだとわかった。


「助けられなくて……すまない」


 腕に、力が込められる。

 少年は本当に、日向美咲のことを思ってくれていたのだろう。

 まるで自分のことのように、少年は悲しんでくれている。だから――なにか、答えなければならないと、考えを巡らせた。


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