第3章 空言記憶 ―Memorry of previous life ―
予想外の事態が起きた。
今世での私と言う記憶が消え、始まりに戻ろうとしていた。
この器で――果たしてどこまで。
迷っている暇はない。
まだ彼らが居るのであれば、力を貸してもらえばいい。
けれど…消えるための力を、彼らは貸してくれるだろうか?
/1
「これに――記憶はない」
体を起こし、【これ】に指を向ける。すると、目の前の女性は悲しげに、【これ】を見つめた。
「間に、合わなかった……? もう、貴方の中にいないの!?」
両肩を掴み、大粒の涙を流しながら女性は言う。
「どうっ、したら……。これじゃあまた、美咲ちゃんだけっ!」
「――――すみません」
それしか、言葉が思いつかなかった。
よく知らないけど、彼女はおそらく、【これ】のことを思って泣いていると思うから。
「私のこと――全くわからない?」
じっくり顔を見ても、彼女の記憶はない。首を横に振れば、彼女はまた、涙を流してしまった。
「――――こうなってしまったら、しょうがないわ。今、貴方が持ってる意思を聞かせてちょうだい」
――――意思?
それは、望みや願いのことを言っているのだろうか?
聞けば、彼女はそうだと言って頷く。
――【これ】の、意思。
考えを巡らせると、そこにあるのは、
「みんなを――護ること」
その一点。
強く。その言葉が刻まれていた。
*****
蓮華の言葉により、その場は一時騒然となった。
彼女の言葉が本当なら、急ぎ美咲を助けなければ、存在を消されてしまうということになる。
「みな落ち着け。――お前たちが騒ぐから、シエロが来てしまったではないか」
部屋の入り口では、戸を少し開け、座りこんでいる女性がいた。
しかしその女性は、先程見た姿とは違い、髪が赤色をしていた。
「少しは抜けたようだな」
「――うん。ちょっとは」
苦笑いを浮かべるシエロ。まだ調子は戻っていないらしく、立つことは難しいようだ。
「ほら、部屋に戻るぞ。男どもは、またしばらく待っていてくれ」
体を支えながら、蓮華はシエロを部屋に連れて行った。
「全く無理をしおって。目覚めたばかりで動くな」
「もう、心配し過ぎだって。――レンの方こそ、体はいいの?」
布団に横たわるなり、シエロは自分のことよりも蓮華のことを気にかけた。
「異常は無い。お前は自分事だけ考えろ」
「ははっ。本当、相変わらずなのね」
目の前にいる彼女は、当時と変わりない。それが嬉しくて、シエロはやわらかな笑みを浮かべていた。
「しばらくはここにいろ。外には出るなよ?」
「はぁーい。ちゃんと聞きます」
「いい返事だ。――まだ、内に残っているようだな」
腕に触れ、シエロの容体を確認する。
先程付けた数珠は黒く変化し、亀裂が生じている。新しい物と取り換えると、早くもその数珠も、黒く変化し始めていた。
「これぐらいでは間に合わぬか……」
「でも、髪色が戻ったんだから、気分はいいわ。こうして、話すこともできるんだもの」
「後から、木葉に介抱させよう。やつは術に長けているからな。もう少し、辛抱してくれ」
「辛抱だなんて。今までの時を思えば、そんなの一瞬よ。それよりも――」
あの子は大丈夫なの? と、不安そうに問いかけた。
「あぁ、大丈夫だ。それに、私が産んだこともあってか、術の耐性がある。――信じろ。必ず、お前も子供も助ける」
しっかりと、シエロの手を握りしめ誓う蓮華。それにシエロは、そんなのじゃダメよ、と付け足す。
「レンだって……本当は、助けたいんでしょ? 自分の望みも、ちゃんと叶えてくれなきゃ」
「――――くだらない」
それは、とうの昔についえた思い。
自分が初めて、感情というものをむき出しにしたそれは、今はもう、届かないことだと知っているのに。
「私はもう――望まぬ」
立ち上がると、蓮華は何も言わぬまま、部屋を後にした。
「違うのに……。でも、約束だから」
ごめんね、と呟きながら、シエロはゆっくり、眠りへ身を任せていった。
蓮華が上条たちの部屋に戻ると、そこにはあかるさまに重い空気が漂っていた。だが、その場から誰一人としていなくなっていないことに安堵した。
「……彼女の様子は?」
戻るなり、上条が心配そうに聞く。
「少しはいいようだ。だが、まだ完全に呪いは抜けておらん。――会うのは構わぬが、触れることはするなよ」
その言葉を聞くなり、上条はシエロの元へ急いで行った。
「――蓮華様」
入れ替わるように来たのは木葉。急いで近付いて来たかと思えば、驚きの言葉を耳打ちされた。
「!――――確かなのか?」
「はい。葵からの連絡なので、間違いはないかと」
「では木葉、お前はシエロの介抱を頼む。――おい、人の世に戻るぞ」
突然の言葉に、反応に困る面々。付いてくる素振りを見せない三人に、蓮華は再度、戻るぞと告げる。
「いきなり戻ると言われても……。訳を言ってもらわなければ」
青年の問いに、蓮華は一言、
「――美咲が、家に戻ったらしい」
その言葉を告げ、部屋を後にした。




