雅哉の友人
雅哉が登校してきたころにはクラスのほとんどがすでに登校していた。
彼ら、彼女らは、雅哉の姿を見ると一斉に息をひそめ、その動向をおびえる小動物のように見守った――さしずめ雅哉はか弱い飼育小屋に迷い込んだ、肉食動物の子供、というところか。
1年6組。それが雅哉のクラスだ。まだ高校生になって、雅哉は半年もたっていない。まだ1学期の中ほどなのだ。にもかかわらず、雅哉は中学時代から受け継がれた事実をもとのにした噂と、高校生活が始まってからの数々の狼藉により、現在の地位を手にしていた。
「……ふ」
居心地が悪くなるくらいの視線を浴びて、おびえるくらいなら見ない方が機嫌を損ねないだろうに――と小さく息を吐いて、一直線に窓際の自分の席に着く。
脇を通るたびに、生徒が一瞬体をこわばらせるのを感じながら、それらを無視して机へと。
席に着いてからは、机のわきに鞄を掛けた。机の付いているフックがぎしりと身をきしませたのを皮切りに、ああ着席したのだなと――周囲も認識したのか、フックとは対照的にようやく緊張がほぐれていく。
「よぅ、雅哉」
そんな周囲の恐々とした雰囲気にのまれることなく、1人悠々と雅哉へ声をかけてくるクラスメートがいた。
「ああ、おはよう。トモ」
雅哉も雅哉で、多少孤高な部分があるし、短気ですぐ手が出るけれど、基本的には一般生徒だ。害意のない挨拶には、きちんとした挨拶を返す。
「今日は結構遅いんだな、何してたんだ?」
トモ――智一の質問に、嘆息しそうな気配を漂わせながら雅哉は答えた。
「ああ、ちょっと野暮用でな」
そっか、とそれだけである程度察したらしい。それ以上は何も言わずに、お疲れさま、と雅哉の肩を軽くたたいた。
その気安さに、雅哉は多少なりとも安堵を覚える。友達が居なければ居ないで別にいいと思っている雅哉だが、それでも友達はいた方がいいのだろうと思わせた。
「…………」
沢渡智一――このクラスで唯一、雅哉と隔たりなく会話のできる男子生徒だ。
彼は智一という名前の響きをあまり快く思っていないらしく、智一と呼ぶたびに「トモでいいって」と暗に「トモにしろ」と言ってきたため、雅哉もそう呼んでいる。
いわく――4文字は長いし、智一というありきたりな響きはどこか真面目くさったように聞こえて、不真面目な自分には似合わない、だそうだ。
雅哉が思うに、智一は不真面目などではなくただ図太い――言い換えれば楽観的な――だけだと思うのだが、それを論議する必要もないだろう。
「……ところで、あいつは?」
「あいつ?」
雅哉の問いかけに、智一は首を傾げたように聞き返す。
ただそれは、わからないからではないのは明白だった。
「そう、あいつ」
「あのうるさいあいつか?」
「そのあいつ」
誰のことかはわかっているのに、あえてとぼけているのだ。
あいつあいつと2人して連呼していると、にわかに廊下が騒がしくなる。
「……きたか、あいつが」
「ああ、騒がしいあいつがきたな」
雅哉と智一は生徒がほとんど教室という穴倉に引っ込んで、静まった廊下に出てきた波紋の正体にあたりをつけていた。
時刻はすでに30分を回っている。気の早い先生ならばすでに教室に居てもいい頃合いで。
遅刻とそうでないかを分ける時間の境界線ともいえる時刻だ。
「……いつもより、今日は輪にかけてぎりぎりの境界線を駆け抜けてるな、あいつ」
「遅刻することもあるから、そうでもないんじゃないか?」
雅哉の言葉に首を傾げた智一。
ただ、確かにいつもならば今日雅哉がやってきた時刻には教室に居てもいいだろうから、確かに遅いのだろう。
そんな風に軽く言い合っていたわずかな時間に、教室のドアが開け放たれた――前後の双方が。
「おーし、席につけー。んで、滝鉄は遅刻なー」
「コンマ3秒の差で遅刻っ!?」
滝鉄さとり――雅哉が持つ唯一の女友達の遅刻が決定した。




