3.私は優しい人になりたかった
のぼるです。私は現在学生ですが、これといった将来像が浮かびません。なりたい職業や、進んでいきたい人生が、具体的に想像つかないのです。酷く臆病な私にとって、先の見えないトンネルのような恐怖を感じます。そんな時、私は、幼少期の自分を思い出します。
私は、花屋になりたかったのです。
私の実家は寺を営んでいます。とても小さな寺です。寺にはお花が飾られていると思いますが、私の実家では、馴染みの花屋から、定期的にお花を仕入れていました。
花屋というのは、字面から華やかさを感じる魅力的な職業だと思います。そして何より、特別な日や日常に寄り添えるという点に、私は強く惹かれたのです。
花屋になりたいと思ったのは、幼稚園のある出来事がきっかけでした。私は非常に泣き虫で、事ある毎に母を追いかけ、足元にくっついていました。寺で事務員として働く母にとって、どんなに邪魔なものだったのでしょうか。話を戻しますが、母にくっついて回るうちに、私は寺の色々な仕事を見て覚えました。その中でも、一番好きな時間は、花を飾る仕事を見ているときでした。
幼稚園から送迎バスで帰る頃、二週間に一回程度は寺の前に軽トラックが止まっていました。それは、馴染みの花屋の「せんちゃん」の車でした。せんちゃんは、当時、寺まで花を届けていた若い女性で、近所の花屋で働いていました。彼女と長い付き合いだった母が呼ぶ愛称を覚え、私もせんちゃんと呼んでいました。
せんちゃんは、とても優しい女性でした。私が母といっしょに出迎えると、エプロンのポケットから飴を一つ取り、私にくれるのです。家族と幼稚園の先生以外で、私が話しかけられる唯一の大人でした。
私は、母とせんちゃんが花を花瓶に生ける様子をよく眺めていました。私がじっと見つめていると「この花は菊っていうの」と、花の名称と花言葉を教えてくれました。私が花に興味を持つようになったきっかけです。
ある日、私はせんちゃんの前で転びました。なぜ転んだかはよく覚えていませんが、じわりと広がる痛みに涙が止まらなかったのは覚えています。せんちゃんは私に駆け寄り、抱き上げてくれました。それでも、私は泣きやみませんでした。痛かったからです。そんな私を抱き上げたまま、せんちゃんは軽トラックへ向かいました。軽トラックの荷台には、たくさんの花が積み込まれていました。その中から、私が一番好きだった花を一輪、渡してくれたのです。今となっては、その花の種類が思い出せませんが、とても嬉しかったのを覚えています。
そんな彼女に憧れて、私は花屋になりたいと思ったのです。
その夢は、高校二年生の冬まで続きました。この時期は、多くの生徒が進路を決め、将来について具体的に考え始める大事な時期です。私は、担任の先生との面談で、花屋になりたいと伝えました。
「花屋って、けっこうきついよ」
返ってきた言葉は、期待していた言葉ではありませんでした。ただ普通に「頑張れよ」と言ってもらいたかったのです。私の将来を真剣に考えてくれていたであろう担任の先生は、淡々と私に現実を突きつけました。そして、話していくうちに、私は気づいたのです。花屋になった私を想像しているだけで、花屋とは何をする仕事なのかを知らないということに。
私という人間は「願うだけでなれる」という短絡的かつ楽観的な思想を持っているため、調べるという行為をしていませんでした。自分の世界の中で完結させるのは、自己満足感を第一に考えてしまう私の悪い癖です。つまり、私は将来どころか、憧れる職業について、何も考えられてはいなかったのです。
私は、面談が終わってすぐに携帯で検索をしました。「花屋 何する」。だいぶ頭の悪い検索の仕方をしたと思います。花屋の仕事について調べ、花屋の魅力を再確認しました。花屋になりたいと決意しかけたその時、画面をスクロールする指が止まりました。私の目に飛び込んできたのは、某Webサイトでした。そこには、「花屋 重労働」と書いてありました。私は、迷うことなくクリックし、読み進めました。
意外と体力勝負。水仕事による手荒れ。早朝からの不規則なシフト。花に関する幅広い知識が必要不可欠。サイトのページに書かれる仕事内容は、私が想像していた仕事とは異なっていました。
これじゃなくていい。
私の至極単純な脳は、抱いてきた夢を一瞬で投げ捨てました。様々な仕事がある中で、大変な時間がない職業はないと考えています。また、過酷ながらも、やりがいを感じるから、職業を続けていく方もいらっしゃると思います。しかし、無知な私にとって、思い描いていた職業とは違うという事実は、失望に近かったのです。それは、物事の綺麗な部分だけを見ていたいという、現実逃避の現れでした。そして、私は考えました。
私の思い描いていた花屋は、優しいせんちゃんが働く姿だったのです。
泣き虫な私に寄り添い、花の名前を教え、飴をくれる。せんちゃんみたいな花屋になりたかったのです。せんちゃんが花屋ではなく、警察官やバスの運転手だったら、私はきっと、その道を目指していたでしょう。
つい先日の話ですが、散歩中に泣いている少女と出会いました。どうしたものかと困った私は、ポケットに入っていたチョコレートの存在を思い出しました。これを渡したら、泣き止むかもしれない。そう思った私は、少女に近づきます。
しかし、私は少女に、チョコレートを渡せませんでした。臆病な幼稚園生から、私は一歩たりとも成長していなかったのです。少しして、母親らしき人が走ってきました。私は小さな声で状況を説明し、少女と母親は手を繋いで帰っていきました。
これを書いている今、私は気づいてしまいました。私が憧れたのは、花屋のせんちゃんではなく、私に優しくしてくれたせんちゃんでした。そして、私は泣いた少女に寄り添うことが出来なかった。私は、せんちゃんにはなれないのです。
酷く臆病な私を分解し、整理し、考え、書いたことで、あるひとつの答えが見つかりました。
私は、優しい人になりたかったのです。




