2.私は人気者になりたかった
のぼるです。私には、友人が二人います。一人は、幼稚園からの幼なじみで、もう一人は、小学生の時、武道の地域クラブで出会った友人です。
欲深いことだと分かっています。けれど、どうしても思ってしまうのです。
私は、友達がもっと欲しいのです。
恥ずかしいことに、私は中学、高校時代にクラスメイトと撮った写真を一枚も持っていません。なぜなら、「写真を撮ろう」と一言かけることを幼稚であると思っていたからです。
私のこの歪んだ価値観は、小学生の時に芽生えました。
小学二年生の出来事です。私が通っていた学校では、二年ごとにクラス替えがありました。小学生の二年間という時間は、今と比べて長く、密度の高いものであったと思います。そのため、学年末になると「友人と同じクラスではなくなるかもしれない」という不穏な空気とともに、思い出を残そうと写真を撮ることが流行りました。担任の先生がカメラを持ち、子どもたちは写真を撮ってもらおうと長蛇の列を作りました。
引っ込み思案な性格の私は、その時点で輪に入ることができませんでした。教室の端にある掃除用具のロッカーの前で様子を伺い、「一緒に撮ろう」という言葉を待っていました。友達とポーズをとる同級生が心底羨ましかったです。
そんな私に、ある女子学生が近づいてきました。その子はとても美人で、すらりとした長身の女の子でした。あまり話したこともないのに、騒ぐ女子グループを抜けて、私の元へやってきたのです。そして、私の隣に立ちました。心の中では「クラス一番人気の子と写真をとれる」と飛び跳ねていましたが、態度に出すのは格好悪いと、私は何も言わずにいました。
しかし、彼女の言葉は、私の予想を大きく上回ったのです。
「写真ではしゃぐとか、ほんと子どもだよね」
衝撃を受けました。そして、そのツンとした様子に強烈な憧れを抱いてしまったのです。
「そうだよね、子どもって感じ」
なんて滑稽なんでしょう。先程まであんなに写真を撮りたくて仕方がなかった私は、彼女の言葉をそのまま口にしたのです。それは、「この子と同じようにすれば人気者になれる」という酷く歪んだ心の有様そのものでした。そして、その言葉は私の人生を大きく変えてしまったのです。
「いっしょに鬼ごっこしようよ」
学年が上がり、クラス替えが行われました。そのクラスは、根暗な私に声をかけてくれる、明るい子が多くいました。前の私なら、喜んで校庭へ駆け出しました。しかし、愚かなことに、私はこう突っぱねるのです。
「私、そういうことしたくないんだよね」
そう言って、読書に戻ります。その本の主人公は、冷酷な態度で恐れられていますが、とても容姿がよく、一目置かれる高嶺の花のような存在でした。私は、そんな人になりたかったのです。友達よりも、そっちを選んでしまった。これは、私の人生最大のミスと言えるでしょう。
私は次第に誘われなくなりました。「あの子変わってるよね」、「せっかく誘ってるのに」。確かに目立つ存在ではありましたが、私が思い描いていた目立ち方と真逆の立ち位置になってしまいました。特にいじめられたとか、悪口を言われたというわけではないのです。ただ、誘われなくなった。人はそれを「自業自得」「因果応報」というのでしょう。「変わっている子」という噂は、本当にあっという間に広がるわけで、クラス替えが行われてから残り三年間を、ひとりで過ごすことになったのです。
そして、中学校へ進学しました。中学校とは恐ろしい場所で、小学校時代から築き上げてきたグループが入学前から結成しているのです。その時点で、友達がいなかった私が、スタートダッシュどころか、スタートラインに立てていないことは明白でした。
二人の友人がいると最初にお伝えしましたが、私は、この二人と同じ部活動に所属しました。「一緒に頑張ろうね」という一言に、どれだけ救われたことか。しかし、その二人とはクラスが違うため、部活動内だけでの特別な時間でした。
そして、欲深い私は、部活動の時間だけではなく、休み時間にお喋りをするような友達が、どうしても欲しくなってしまったのです。それは簡単な話、寂しいというだけでした。
しかし、私は自分から誰かに話しかけることが出来ませんでした。小学二年生の若さで形成された歪んだ価値観に、私は抵抗しなかったのです。「友達がいたってどうせ三年間だけの付き合いだし」と自身が考える格好良さを貫いてしまいました。好かれる努力をしなかった私に、友人ができるわけがなかったのです。
部活動に限っては、充実した三年間でしたが、結局のところ、友達はできませんでした。そして、卒業アルバムに載った私の写真は、グループで撮っている後ろに映り込んでいる、背後霊のようなものしかありませんでした。
そして、「中学で武道を辞めるなんてもったいない」と両親に勧められ、私は、スポーツが盛んな高校に進学しました。高校では、様々な地域や県外から来る学生が多くいました。仲良しグループはないと踏んだ私は、スタートラインは同じであると、意味の分からない自信を持って入学しました。
たしかに、クラスメイトは優しい人がほとんどでした。「みんなで楽しく」という考えを持つ人が多くいたため、積極的に私に話しかけてくれたのです。それでも私は、距離感を保てる自分に酔いしれ、輪に入ることはありませんでした。恐ろしいことに、そんな自分は格好いいと考えていたのです。これだけ話しかけられる自分は、スポーツで勝てなくても、クラスで目立つ存在になるだろうと、確信してしまったのです。それが優しさであることを知らない、愚か者だったのです。
ある日、私は聞いてしまいました。二限目の移動時間。トイレに立ち寄った時です。私がトイレの個室から出ようとした時、三人の笑い声が聞こえてきました。変に臆病者の私は、個室に籠り、彼女たちが出ていくまで待つことにしました。そして、話声から、私のクラスメイトであることが分かりました。
「ほんと、のぼるって幽霊みたいだよね」
「それな。話しかけてもよくわかんないこと言うし。主人公気取りなんじゃない」
「あの子、ぜったい友達いないでしょ」
三人の笑い声が響きます。やがて、その声は足音とともに遠のいていきました。私は、静かになったトイレから、出られませんでした。
全てを見透かされている。その上で距離を置かれている。それは、大変恥ずかしいものでした。なぜなら、私が憧れた少女は、そのツンとした態度も含めて輪の中心にいたことを知っているからです。私は、知られた上で、輪の中に入ることが出来なかった人間なのです。
そんな過去がありながら、今でも人との距離を遠く保ってしまいます。それは、傷つきたくないからという自己防衛の現れだと考えていました。しかし、それは憧れたあの子のように、何か特別な自分に人が寄ってくるという構図を未だに夢見ているからであると、今、気づいてしまいました。それは、もっと友達が欲しいという単純な願望ではないのです。
酷く欲深い私を分解し、整理し、考え、書いたことで、あるひとつの答えが見つかりました。
私は、人気者になりたかったのです。




