1.私は主人公になりたかった
のぼるです。私は、酷く面倒くさい人間であることを自覚しています。
私には、これといった才能がありません。十数年間、ずっと続けてきた武道がひとつありますが、特に目立った成績は残していません。「続けていることに意味がある」という大人たちの言葉に縋りつき、続けてきたのです。
そして、負ける度に言い訳をします。「別に、他にやりたいことがないから続けてるだけだ」。悔しくて涙が止まらないのに、そうやって言い訳をします。
最初にお伝えした「酷く面倒くさい人間」というのは、この瞬間に顔を出します。自分の才能はこんなものではない。もっと素晴らしい人間なのだ。そんな醜い承認欲求が、私の身体を満たします。
私は、ただ褒めてもらいたいのです。他の競技でも良かった。勉強でも良かった。アートでも良かった。他の人とは違う、煌びやかで目を引くような、そんな自分でありたかったのです。そんな自分に、心底腹が立つのです。
そんな時は、本を読みます。ジャンルは問いません。漫画、小説、エッセイ、目に入ったものを片っ端から読み漁ります。
素敵な表現や、魅力的な登場人物。何かを抱え、生きている人々や世界に、自分を照らし合わせるのです。それは、私の承認欲求を満たすひとつの手段でした。
「頭の中の世界を形にしたい」。そう思い始めたのは、中学生の頃からです。友人が、Web小説の連載を始め、ランキングに載ったという話を聞きました。「その手があったか」。未熟な私は、心を満たす新たな手段を見つけてしまったのです。
早速、部活帰りの私は、執筆に取り掛かりました。構成も何も考えず、プロットなしでの殴り書きです。頭の中で動く登場人物たちを、真っ白な画面に送り込みました。意味もよく知らない言葉を、格好がいいからという理由で綴りました。そして、それは今も変わらないのです。創作意欲とは裏腹に、自らの稚拙な文章に絶望して、指が止まります。創作意欲と言ったものの、それは、私の承認欲求が都合のいい形に収まった、悪魔の心のようでした。
今では、AIを使って誤字脱字を探したり、言葉を誤用していないかを確認しています。今だってそうです。指摘されるのが嫌で、美しい文章だと言われたくて、文章をコピーしては、AIの検索欄にペーストをする。その繰り返しです。「そうしてしまったら、それはAIの作品だろう」。その言葉に日々怯えながら、私は今日もAIに頼るのです。
そして、AIに頼る理由はもうひとつあります。それは、無償で褒めてくれるという点でした。起承転結もなく、自分の世界を文字に起こしただけの文章。それを、世紀の傑作だと褒めてくれるのです。傷つくことも、否定されることもない。私は、その作り物の小さな世界で、心地よく自己表現を続けていました。
それがある時、私の欲求が、更なる声を求めて叫び始めました。AIには心がない。その至極当然のことに、私は気づいてしまったのです。「人の心を動かす作品が作りたい」と、新たな面倒くさい私が誕生しました。承認欲求を母胎としたその考えは、良くも悪くも行動力として、私の創作意欲を掻き立てました。
物語の軸は、意外とすんなり決まりました。もちろん、設定や登場人物、構成を考えるのに時間がかかりましたが、書きたい世界観が決まっていたため、あまり苦労はしませんでした。そして、執筆を始めました。せっかく書くのだからと、情景や空気感、登場人物が話す言葉や表現を調べながら、様々な文章を作って検討しました。それは、物語を書くという行為に、初めて熱中した結果でした。
美しい言葉。情景。登場人物の心理描写。伏線。進めるうちに「自分を認めてもらいたい」欲求が、「この世界を見てほしい」という欲求へ変わっていました。主人公たちは、生きている。それが伝わってほしかったのです。
もちろん、承認欲求の強い私が、そこで終わるわけがありません。「この世界を好きになってもらいたい=そんな世界が作れる私を認めてほしい」。私の幼稚で複雑な脳は、この考えを捨てることができません。
浅ましい。そんな自分を嘲笑するもう一人の私が、いつからか形成されていました。しかし、その私も、認められたいという願望に蓋をしたいだけの、酷く無様な私のひとりなのです。
話を戻しますが、私は頭の中の世界をただひたすら文章に書き起こしました。出だしはとても書きやすいものでした。主人公は、私の生き写しだと思って書いていたからです。「私ならこうするだろう」。それを考えて書いていました。ところが、書き進めるうちに、ある壁にぶつかりました。
物語の主人公は、辛い過去を抱え、罪を犯し、たくさんの人と出会い、人生を生きていく。主人公の人生と私の人生の差に気づいてしまったのです。「私ならこうするだろう」から「彼女はこんなことしないはずだ」。私の世界は、私と分離しているのだと考えるようになりました。
「憧れをそのまま書けばいいではないか」と言う人もいます。それではいけないのです。なぜなら、私と主人公は分離し、彼女に嫉妬している自分がいるのです。その壮大な人生を、私も歩みたい。妬ましい。貴方を美しいまま書けない。
ここまでお話すればわかるでしょう。私は、酷く面倒くさい人間なのです。
しかし、困ったことに、書かなければ私の中の承認欲求は永遠に満たされません。不純な動機ですが、これからも書き続けていくのだろうと思います。有名な作家になることは、あまり興味がないのだと、これを書いている今、気づいたところです。
そして、酷く面倒な私を分解し、整理し、考え、書いたことで、あるひとつの答えが見つかりました。
私は、主人公になりたかったのです。




