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4.私は忘れられたくなかった

のぼるです。ここまで読んでくださったみなさんなら、もうお分かりのことでしょう。私は、承認欲求の塊なのです。その塊は脳を支配していて、欲求が下す命令に、私は逆らえないのです。


私は、なぜ特別な人間でありたいのでしょうか。それがどうしても分からないのです。


そもそも、特別というのは、大変難しい言葉のように感じます。一般家庭とはちがう生い立ちも、素晴らしい才能があることも、全く才能がないことも、すべて特別であると区別できてしまうように思えるのです。


しかし、私が求める特別は、褒められるという点に重きを置いています。自分に価値があると証明したいのかもしれません。


「生きていることに価値がある」という言葉をよく耳にしますが、死んだら価値が無くなるということなのでしょうか。もっと語彙力がある方なら、ここまで尖った言い方はしないのでしょうが、私は批判したいわけではないのです。私は、この文章の根幹を知りたいのです。


そして、先程述べましたが、価値があると証明したいのは、死んだ後、価値が無くなることに恐怖を覚えるからではないかと、仮説を立てました。


私は、私がいなくなった後に、存在がなくなってしまうことが嫌なのかもしれません。存在というのは、身体ではなく、記憶に近いものです。家族が覚えている。大切な人が覚えている。それだけで十分ではないかと考える人もいるでしょう。しかし、私という人間は、それで満たされないのです。私という存在を、全世界の人に刻み込みたいのです。


私のこの欲望は、いつから生まれたのか。記憶を遡ってみましたが、どうにも分からないのです。


ただ、認められなかった悔しさは、鮮明に覚えています。あまりにショックだったので断片的ですが、この記憶をご紹介したいと思います。


小学六年生の冬のことです。私たちの学級で、卒業文集の制作が始まりました。思い出を書く人、将来の夢を書く人。思い思いの文章を綴ります。そんな中、私は書き始めることができませんでした。それは、書き終わった文集を先生が検閲すると知ったからです。書くからには、文の才能があると言わせたかったのです。そして、身の程知らずな私は、将来有名人になった時に、卒業文集が公開されるかもしれないからと、丁寧な文字で、難しい言葉を並べるよう心掛けていたのです。


やっとの思いで完成した卒業文集の原稿。私は、達成感でいっぱいでした。今となっては、どんな文章を書いたのか、全く覚えていません。それに加え、後に記す黒い記憶が蘇るため、小学校卒業後から、卒業文集のページを一度もめくったことがありません。


話を戻します。原稿は、黒板の隣にある先生の机の上に提出しました。提出締切の日だったので、何枚も積み重なっていました。そして、昼休みが終わった五限目。先生の手元には、卒業文集の束がありました。「もしかしたら、みんなの前で良かった文集を発表されるのかもしれない」。そんな期待をしていました。しかし、予想は大きく外れました。


「名前を書き忘れてるやつがいるぞ。名前くらい書かなきゃ先生も読む気が失せる」


はっとしました。私は、名前を書いていない。名前を書いていない文集は、読まれない。心臓が喉から飛び出しそうな感覚を今でも覚えています。名前を書き忘れたことがショックだったのではないのです。渾身の卒業文集が、名前ひとつで読まれない。達成感を踏みにじられた。もちろん、先生が本当に読まないはずがないのは確かです。しかし、全身を駆け巡る感情が、その事実をかき消しました。名前を書き忘れた私が悪いのは明確です。詰めが甘かったの一言で片付けられます。それでも、私は人生で初めて、憤りを感じたのです。


私は、名前を書き忘れたことを指摘されたのが屈辱だったのではありません。丁寧に、全てを注ぎ込むように書いた卒業文集を名前ひとつで無かったことにされたと考えてしまったのです。それは、私という存在、つまり名前がなければ、私が作り出した言葉たちに価値がないのかという叫びでした。抑え込めない承認欲求は、当たり前のことを言っている先生への自分よがりな怒りに変わっていきました。


それは、私の言葉を通して、私という存在を認識してもらえなかったことが気に食わなかったのだと、今気づきました。私の言葉が誰にも届かない。そのことに、恐怖を感じるのです。


冒頭の「私は、なぜ特別でありたいのか」という疑問に戻りますが、未だに矛盾と仮説が私の頭を掻き乱しています。


私は、私という存在を忘れてほしくないのです。特別という区分にいたいのは、存在を消されたくないと怯えているからなのです。私は、卒業文集を封印することで、私から、あの日読まれなかった私の存在を消し去ろうとしました。それは、輝かしく、優等生の私という存在を守りたいという防衛意識なのかもしれません。私が望む忘れられない存在というのは、「誰もが愛する特別なのぼる」なのだと思います。だから私は、承認欲求の塊なのでしょう。しかし、私は、残したい私という存在を、確実に認識できているのでしょうか。


特別でありたい私を分解し、整理し、考え、書きましたが、答えが見つかりません。だから私は、書き続けるのかもしれません。どうか、教えてください。


私は、忘れられたくなかったのでしょうか。

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