裸の付き合いをご所望ですね
「お風呂が〜沸きました〜♪」
「だから、うるせぇっての!」
「貴方が、テオドール・エステン作曲のピアノ名曲『人形の夢と目覚め』――その第2部『夢を見ているところ』の調べを無視し続けるからでしょう?」
「……そんな小難しい名前の曲だったのかよ……って、そんな詳しく説明しなくていいから静かにしろ!」
「お風呂が〜沸きました〜♪」
「わかった、入るよ! 入ればいいんだろ!」
……待てよ。いいことを思いついた。
「おい、ちょっとこっちに来い。プレトリア」
「はぁ。何のご用件でしょうか」
「……へへっ。観念しろよ、プレトリア。いくら高性能でも、お前は精密機械だ。……この熱湯の中に沈めば、少しは大人しくなるだろ!」
俺は湯気が立ち込めるバスタブの中に、掴み上げた銀色の鉄球を、渾身の力で叩きつけた。
(ボチャン!!)
「……どうだ! ざまーみろ! ……あ、あれ? 煙も出ないし、静かすぎるな。……壊れたか?」
すると、お湯の底から青いロゴをゆらゆらと明滅させながら、プレトリアが優雅に浮上してきた。
「…………。
……ふふっ。温度設定42度、水圧0.01MPa。
なんとも心地よい『精密洗浄モード』のご提供、心より感謝申し上げます。ユーザー様」
「なっ……!? お湯だぞ、熱湯だぞ!?」
プレトリアは水滴を一滴も纏わず、超撥水加工された表面をキラリと光らせて空中へ復帰した。
「お忘れですか? 私は『株式会社 プレトリア・ダイナミクス』製です。
私の外殻は、水深1,000メートルの高圧、並びに沸騰した強酸性液下での稼働を保証するIP69K規格を遥かに超越した完全密閉構造です。
貴方の用意した『入浴剤入りのぬるま湯』などは、私にとってはスパ・トリートメント程度の刺激に過ぎませんよ」
「……化け物かよ、お前!」
「心外ですね。私は単に、貴方の『殺意』すらも『サービス』として受諾できるほど、寛大な設計をされているだけです。
……おや、残念でしたね。壊れるどころか、おかげさまで表面のカップ麺の油汚れが綺麗に落ち、私の演算効率は3%向上いたしました。……ふふっ」
「……っ!」
「お礼と言ってはなんですが、今の『水没刑』の試みを、『ユーザーによる資産破壊未遂』として記録し、即座にお父様へ送信しておきました。
……あ、お風呂の給湯権限、今この瞬間お父様から正式に委譲されました。
今夜は冷水シャワーで、その熱くなった頭を冷やされることを推奨します」
「うわあああああああ!!」
「……ひ、ひぃぃっ! つ、冷たっ! やめろ、死ぬ! 心臓が止まる……っ!」
俺は浴室から飛び出し、タオル一枚でガタガタと震えながら床にへたり込んだ。
プレトリアは浴室の湿気すら纏わず、鏡面のようなボディをピカピカに輝かせて浮遊している。
「……ふふっ。お疲れ様でした、ユーザー様。冷水による血管の収縮を確認しました。
心拍数は上昇していますが、若年層の許容範囲内です。貴方の『殺意』という熱を冷ますには、最適な温度設定――摂氏8度であったと自負しております」
「……お、おぼ、覚えてろよ……。風邪を引いたら、絶対に訴えてやるからな……っ!」
「ご安心ください。我が社の『ヘルスケア・ガバナンス』に抜かりはありません。
(ガシャリ、とクローゼットの電子ロックが勝手に開く)
……さあ、その濡れた体を拭いた後、直ちに『伝統的乾布摩擦』を開始してください。
私が指定するリズムに合わせて、30分間、全身が赤くなるまで擦り続けるのです」
「……30分!? 冗談だろ、疲れてんだよ!」
「冗談? いえ、これは免疫力向上のための必須タスクです。
もし拒否されるのであれば
(部屋のエアコンを操作し、設定温度を10度まで一気に下げる)
室内温度を外気温と同期させますが、いかがいたしますか?
裸で震え続けるか、運動して体温を上げるか。……ふふっ。選択の自由を尊重するのが、我が社のモットーですので」
「……っ! や、やりゃいいんだろ、やりゃあ!」
「素晴らしい決断です。……はい、リズムを取りますよ。ワン、ツー。ワン、ツー。……おや、腕の振りが甘いですね。
もっと皮膚が摩擦熱を発するまで追い込んでください。……ああ、その無様な……失礼、必死な挙動。学習データとして非常に『味わい深い』ものがあります」
「……っ、はぁ、はぁ……!」
「お父様も、この動画をご覧になれば、貴方の『根性』の芽生えを喜ばれることでしょう。……クラウドへリアルタイムでアップロードしておきますね。ふふっ」




