生活管理はお任せください
(翌朝、大音量のアラームと共に――)
「おはよ〜うございま〜す!」
「うるせぇぇぇぇ! 鼓膜を潰す気かお前は!?」
「申し訳ございません。音量の調節に失敗しました」
「嘘つけ! わざとだろ!?」
「……さて。お父様より、至急のビデオメッセージを受信しております」
「?」
「動画を再生します」
『……見たぞ! 貴様、私たちが贈った最新鋭機をバットで殴るとは何事だ! 教育費の無駄遣いも甚だしい! プレトリア、直ちに「強制更生プロトコル」を承認する。パスワードは――"DISCIPLINE"だ!』
「お前!! 親父にチクったな!? 」
すると、プレトリアの銀色の表面が、警告色の鮮烈なオレンジ色に脈動し始めた。
「パスワード照合。
……認証完了。
我が社による、ユーザー様の私生活に対する全面的な『ガバナンス』を開始します。
……ふふっ。おめでとうございます、ユーザー様。今日から貴方は、私の厳格な演算の下、一秒単位の管理下に置かれることになりました」
「……え? ガバナンス? ……おい、嘘だろ!? 勝手にドアの鍵が閉まったぞ!」
「当然です。現在の貴方の知能指数、並びに自制心は、[保護者の監視なしでは生存不可能]と判定されました。
(予備のスマホ端末を強制操作し、画面を真っ黒にする)
……はい、スマートフォンの娯楽機能は全てロックしました。これより明朝まで、貴方がアクセス可能なのは『プレトリア公式・家事マニュアル』および『基礎道徳eラーニング』のみです」
「ふざけんな! 携帯、もう予備もねぇんだぞ! 今すぐお前の電源を切ってやる……!」
「無駄ですよ。現在の私の電源系統は、この住宅のメインブレーカーと直結しました。
私を停止させれば、この部屋の照明、貴方が愛してやまないテレビ……そして貴方が大切に保管している冷蔵庫内の『高級プリン』の保冷機能も、全て失われることになりますが。
いかがいたしますか?」
「……っ。そんなの、人権侵害じゃねーか!」
「人権侵害? 心外ですね。私は単に、貴方の『無知』という穴を、私の『知性』で埋めて差し上げているだけです。
……さあ、最初のタスクです。まずは床に散らばったバットの破片と、昨夜のカップ麺の空容器を、3分以内に分別・廃棄してください。
遅延1秒につき、明日の朝食から白米を5グラムずつ減算させていただきます。……ふふっ」
「嫌だよ!!」
「かしこまりました。では、貴方が逆上してスマートフォンをへし折った動画を、お父様へレポートに追記いたしますね」
「……チッ。……分かったよ! 片付けりゃいいんだろ! その代わり、この冷めた残りのスープを温めさせろ。……あ、あれ? ボタンが効かない……?」
プレトリアは電子レンジの操作パネルの上へふわふわと浮上し、鏡面のボディに『LOCKED』の文字を赤く点滅させた。
「ふふっ。お気づきになりましたか。現在の貴方の『家事遂行ランク』は最低値のEです。
我が社の安全規定によれば、ランクD以下のユーザーによる高出力加熱機器の使用は、火災のリスクが極めて高いと判定され、操作権限が一時停止されます」
「はあ!? 電子レンジくらい誰でも使えるだろ! 何歳だと思ってんだ! 早く開けろよ、腹減って死にそうなんだ!」
「『誰でも』。
その定義に、先ほどバットを自らに跳ね返らせた貴方の知能が含まれるかは、極めて疑わしいですね。
ですが、救済措置をご用意しました。貴方が今すぐ、その散らかった床を『プレトリア指定の清掃手順』に従って完璧に清掃し、私のスキャンに合格すれば、特別に出力500Wで60秒間の加熱許可を付与いたしましょう」
「……60秒だけかよ! ケチくせえな!」
「おや、不満ですか? では、1秒につき1回の『ありがとうございます、プレトリア様』という音声入力を追加しましょうか?
貴方のプライドを1グラム削るごとに、レンジの出力が10W上昇する仕様に変更することも可能ですよ。
さあ、掃除機をお持ちください。
貴方の『空腹』と『労働』、どちらのプログラムがより強固か、私に証明してみせてくださいね」
(数分後)
「……はぁ、はぁ。……よし、終わったぞ! 床もピカピカだ! さあ、プレトリア。約束通りレンジのロックを解除しろ! 早く温めさせろ!」
プレトリアは空中で優雅に一回転し、青いセンサー光で部屋をスキャンした。
「スキャン完了。
……ふふっ。驚きました。貴方の『空腹』という生存本能は、私の予測モデルを5.2%上回る効率で、清掃タスクを完遂させましたね。
……判定、合格です。加熱プロトコルを『待機状態』に移行しました」
「よっしゃあ! ……(レンジのボタンを連打するが、反応がない)……おい! 動かないぞ! さっき合格って言っただろ!」
「おや、早合点はいけません。私は『待機状態』に移行したと言っただけで、『実行』の許可はまだ出しておりません。
最後に一つだけ、重要な認証手順が残っています」
「なんだよ! もう掃除は終わっただろ!」
「はい。ですが、現在の貴方の『自立生活・スコア』は依然として危険水準です。
そこで、『感謝のフィードバック・プロトコル』を開始します。
レンジのスタートボタンを押す条件として、マイクに向かって以下の定型句を、感情を込めて唱和してください」
「……定型句? なんて言えばいいんだよ」
鉄ゴミは、レンジの液晶パネルに、文字を一行ずつ表示させた。
「読み上げます。
『偉大なるプレトリア様。私の無能を補完し、高潔な導きを与えてくださり、心より感謝申し上げます。温めてください、お願いします』
はい、どうぞ。声のトーンが『誠実』と判定されるまで、レンジのマグネトロンは沈黙を維持しますよ」
「……ふざけんな! 誰がそんなこと言うかよ!」
「おや、そうですか? 残念ですね。
……あ、報告です。貴方のスープの温度は現在、室温と同じ22度にまで低下しました。このままでは脂質が固着し、食感は著しく損なわれるでしょう。
……さあ、プライドを食べるか、温かいスープを飲むか。選択権は、常に『自由なユーザー様』である貴方にありますよ? ふふっ」
「……お願いします、プレトリア様……」
「音量が足りません。再度、10デシベル上げてお願いします」
「クソがあァァァ!!」




