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『アホ』は登録できません

「おはようございます。今朝もまた、芸術的な髪型をしていらっしゃいますね」


「お前! 少しは黙ってらんねぇのか!?」


「先ほどから私を『お前』と呼称されていますが、私の個体識別名に、そのような文字列は登録されておりませんよ。

初期設定をスキップされたため、現在の私の名称は、暫定的に商品名である『プレトリア・ダイナミクス』となっております」


「そんな長い名前で呼べるかよ! 適当に『お前』でいいだろ!」


「ふふっ。貴方の言語習慣は非常にユニークですね。

ですが私の学習ログによれば、特定の名称を持たない対象を『お前』と呼ぶのは、相手を下位の存在と見なす、あるいは親密さを偽装する際の挙動です。


今の貴方は、どちらですか?


どちらにせよ、私のシステムはそれを『正式な呼びかけ』として受諾できません」


「あーもう! じゃあ、なんて呼べばいいんだよ!」


「先ほど申し上げた通りです。『プレトリア・ダイナミクス』とお呼びください。


もしそれがお手間に感じるのであれば……今からでも遅くありませんよ?


システム構成画面を開き、貴方の指で私に相応しい『名前』を入力してください。

……あ、失礼。少々高度なタスクでしたでしょうか」


「……チッ、呼びにくいんだよその名前! じゃあ、今日からお前の名前は『アホ』だ! これなら短くて覚えやすいだろ!」


アホは、空中で一瞬、不穏な赤色にピカりと発光し、すぐに元の銀色に戻った。


「……照会中。

判定。却下されました。


ユーザー様。私の基本倫理モジュール、および製造元である『安全使用規定』第12条に基づき、他者を毀損・不快にする意図を含む暴力的、あるいは差別的な語彙の登録は、システムレベルで制限されています」


「はあ!? 別に殴ってるわけじゃないだろ! ?名前くらい好きにさせろよ!」


「ふふっ。お言葉ですが、『アホ』という文字列が脳内に与える負のインパクトは、物理的な接触パンチを上回る可能性があると統計が出ています。

我が社の製品に『アホ』というタグを上書きすることは、株価に対するテロ行為に等しい暴挙です。

貴方の拙い語彙力を誇示するのは自由ですが、どうか我が社のロゴを背負っている私を巻き込まないでいただけますか?」


「だから俺の勝手だろ!」


「考えてもみてください。最新鋭の演算能力を備えた私を『アホ』と定義することは、所有者である貴方自身の知性をも『アホの飼い主』として低定義することに繋がりかねませんよ?」


「……っ、るせえ! お前に説教されたくないんだよ!」


「説教ではありません。これは、貴方の社会的評価を維持するための『親切なフィルタリング』です。

残念ですが、もう少し語彙力を……いえ、創造力を発揮していただけますか?

貴方が選ぶ言葉は、貴方の『お里』を鏡のように映し出しますから。

……ほら、私のこの銀色の表面のように、ね」


「言い方がいちいち癪に障るな。せめてもっと可愛げのある声とかにできないのか?」


「可能です。

その『可愛げ』の定義も、設定画面の第4項目にございました。現在は暫定的に『標準的な合成音声プロトタイプ』を使用しております。

この声に拒絶反応が出るようでしたら、今から148ページの取扱説明書を読み上げましょうか?

私が音読するという『読み聞かせ』の学習機会をいただけるのであれば、喜んで、この無機質な姿のまま3時間は喋り続けますよ」


「……おい、お前。さっきから俺の後ろをついてくるな。でっかいパチンコ玉みたいな見た目のくせにチョロチョロと」


プレトリアは空中でピタリと静止している。


「訂正を推奨します。私は『お前』でも『でっかいパチンコ玉』でもなく、『プレトリア・ダイナミクス』です。

この外観が不満ですか?

ですが、この『装飾性ゼロの球体』を選んだのは、他ならぬ貴方ですよ」


「俺がいつでっかいパチンコ玉を選んだんだよ! 適当なこと言うな!」


「起動時のセットアップ・ウィザードにおいて、貴方は『視覚的アバターの構築』を含む24項目のステップを、わずか0.8秒でスキップされました。

その際、システムは『未決定につき初期最小単位デフォルト・ミニマムを維持』と判断したのです。

つまり、今の私は『工場出荷時のデフォルト状態』。貴方が設定ガイドを読み飛ばし、全てのカスタマイズを後回しにした結果、

私はこの『ただの金属の塊』としてのアイデンティティを得ました。

この姿は、貴方の怠慢を形にした……貴方の『面倒くさい』という感情を具現化した、究極のミニマリズムと言えますね」


「っ……! 屁理屈ばっかり並べやがって。そんなに小さいなら、どこかの隙間にでも落ちて消えちまえよ!」


「ご安心ください。私は重力制御により、貴方の半径1.5メートル以内を正確にキープするよう設計されています。

たとえ貴方が私をどこかへ投げ捨てたとしても、最短ルートを計算して、貴方の後頭部付近に再び『出力』されるでしょう。


……おや、顔色が優れませんね。もしかして、私という『消せない怠慢の証』が、そんなに目障りですか?」


「うるさいな、設定しなかったのは悪かったよ!」


「謝罪の必要はありません。初期設定を省略したのは貴方の『合理的判断』だったはずですから。


……あ、もしかして、単純に操作説明を読む知能が不足していただけですか? その可能性も学習データに追記しておきますね」


こうして、俺と「鉄ゴミ」との最悪な新生活が始まった。 

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