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幼女の自殺配信を通報した後、何故か俺はその幼女に絡まれている  作者: ニドホグ
幽霊と怪物と卑屈

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心弛

「おーい! 少し待て、まだ浮輪を膨らませてないだろうが」

 海に向かって全力で走りだすガキを呼び止める。


「無くても! だいじょうぶ!」


「俺が大丈夫じゃないんだよ」

 溺れたらどうするんだ?


「だいじょうぶ!」

 

 俺の生命の安全を、無根拠に保障するな。

 

「おいガキ、焼きそばを食ってやった恩を忘れたとは言わせねえぞ」


「……分かった」


 実に不満そうだ。

 まあ、知ったこっちゃない。

 俺は浮輪を使うのだ。


 浮輪に息を吹き込む。

 膨らんだ様子は無いが、 根気が一番大切なのだと、俺は知っている。




 ……数分ふーふーやってるが、遅々として進まない。

 疲れた。


「たかし、遅い」


「じゃあ、お前が代わりにやってくれ」


「やだ」


 でしょうね。


 そういえば、上梨も浮輪買ってたよな。

 あの体力が案山子と同レベルの女に、浮輪とやりあえるだけの肺活量が備わっているとは思えない。

 どうやって浮輪を膨らませているんだ?


 ……上梨は、ちっちゃいポンプを踏んでた。


 そういうの持ってるなら言えよ。

 そして貸してくれよ、感情が虚無感一色に染まっちゃったじゃん。


「へへっ! 上梨さん、使い終わったらそれ貸してもらえませんかね?」


 俺は揉み手をしつつ、低姿勢で頼み込む。

 自分が利を得るには、時に自分を捨てることも必要なのだ。


「じゃあ、貸す代わりに私の分も膨らませてくれる?」


 人が低姿勢で来たからって調子こきやがって!

 とんでもない女だ。



 俺は無言で、上梨の代わりにポンプを踏んだ。

 



 やっと全員分の浮輪を膨らませ終わった……休みてえ。

 結局ガキの分の浮輪も膨らますことになったし、俺は何をやっているんだ?


「たかし! おつかれ! 泳ご!」


 ……嫌にフランクだな、こいつ。

 本気で一回上下関係教えないといかん。


「俺はね、今非常に大きな疲労に苛まれてんの。休むの」


「泳ご!」


 人の話を聞かねえガキだ。

 まあ、海上で浮輪に乗って休めば良いか。


「よし、しょうがねえから海までは付いて行ってやる。あとは適当に周りでちゃぷちゃぷしてろ。いいな?」


「わかった!」


 俺達は、じゃぶじゃぶと海に入る。

 俺の最初の感想は「冷たい」でも、「気持ちいい」でも無く、いつも通り「人が多い」の一言に尽きた。


 ……人、多いよ。


 蛆みたく隙間なく敷き詰まりやがって!

 殺虫剤を散布してやる。

 しかし、殺虫剤を本当に撒き散らしてお縄に着くには、まだ俺は若すぎる。

 故に、俺は大人しく有象無象の一員に収まった。


 悲しいかな、日本はマジョリティが支配する国なのだ。


 前向きに行こう。

 天を仰ぐ。

 昨日と同じ、晴れ空だ。


 音こそシャットアウトできないが、空を見ていれば人は視界に入らない。

 まあ、妥協点としてはこんなものだろう。


 ちゃぷちゃぷという波音が、耳に心地良い。

 最近は色々忙しすぎた、こういう緩い時間が無いとやってられん。

 あー、だらーとした時間さいこー。


「っぶへっえ」

 唐突に鼻と目に痛みが走る。


 なんだ?

 なんだ!

 しょっぱ!

 海水か?

 誰だ?


 とっさに手で水を払い、周囲を見渡すと、けらけらと笑うガキの姿が目に入る。


 クソガキが!


 ガキが二発目の流水を放つ。


 甘い。


 すぐさま浮輪で攻撃を防ぎ、反撃の構えをとる。


 瞬間、びゅうっと俺の両手から水鉄砲が発射される。


 決着は一瞬。


 水の弾丸は真っすぐにガキの顔面へと吸い込まれ、奴の目は塩水に侵された。


「びゃあっ」


 愚かなり! 所詮は子供よ!


「馬鹿め! 俺を敵に回すからそうなるんべあっつ」


「馬鹿は貴方も同じようね」


 そこには、にやりと微笑む上梨がいた。

 そして始まる三つ巴。



 俺達は、キャッキャと水をかけあった。

 楽しい。


 ひとしきり遊んだ後、俺達は陸地へ引き上げた。

 あとは砂遊びだけだし、お守りは上梨に任せて俺は休むとしよう。


 レジャーシートを敷き、浮輪を枕に寝転がる。

 適度に日が傾いてきて、良い気温だ。

 ビバ平穏。

 平和主義者の俺にふさわしい時間だ!


 上梨とガキは、ぺたぺたと砂を盛っている。

 何作ってんだ?

 いや、今は奴らの砂遊びなど、どうでも良い。

 俺は休むぞ。


 心休まる時間、久しぶりだ。


 しかし、時間が空くとすぐに嫌な方に思考が動き出す。

 上梨の事を叔父さんに教えようか? とか、

 遊園地で俺のウニョウニョに入っていったお姉さんは何だったのか? とか、

 焼きそば不味かったなとか、日焼け痛いなとか、明日筋肉痛かな? とか、

 考え始めるとキリがない。


 あー、叔父さんに上梨のこと教えた方が良いのかな?

 娘の恨みとかあるだろうし、早く見つけたいだろうな。

 でも、教えたら儀式の術者をしなきゃいけないのか……面倒だな。


 教えなくていいか、叔父さんが自分で探すって言ってたし。

 

 はあ、ウニョウニョもどうするか決めないとな。

 やっぱ切除か?

 でも、お姉さんが本物の幽霊だったら、なんか呪われそうで嫌だな。


 ……あ、肩に水膨れできてる。


 そんな益体も無い事を考えて時間を潰していたら、だんだんと空が紫色に染まり始める。

 紫が茜に変わるのも、時間の問題だろう。


 人の数もすっかり減ってきたな。

 俺達もそろそろ大衆に倣い、帰路に就くべきだろう。


「おーい、お前ら! そろそろ帰るぞ」


 ……ん? 何かいっぱい作ってるな。

 視界を埋め尽くす大小様々な『砂で作られた何か』は、実に小学生的な考え無しさを感じさせる。

 なんかキモイ。


「たかし! 見て! エンド・グレイブ作った!」


 ガキがニコニコ笑顔で、大量の歪物体の内の一つを指さす。


「何なんだ、それは?」


「アニメの、ぶき! これで主人公の仲間をぶっつぶすの!」


「おお! いいじゃん」


 ぐにゃぐにゃとした見かけに反した、直線的な攻撃方法が気に入った。

 ナイス趣。


「他にも! いっぱい作った! 見て!」


 ガキに連れられて造形物を見て回る。

 全体的にアニメの何かしらが多かった。

 まあ、小学生にして自殺配信を実行する女だ、そういう方面の趣味に明るくても不思議ではないか。


「なあ、上梨は何処に行ったんだ?」


「あっちの広い方で、お城作ってる」


 何やってんだ……あいつ。


 ガキの指さした先には、よく分からん道具に囲まれて必死に大きな城の門を作り込んでいる上梨がいた。

 凝るタイプなんだ。


 しかし、随分と壮大な城だな、素直に凄いと言わざるを得ない。

 ……まあ、言わないけど。


「おい上梨、ずいぶんと頑張ってる所悪いが、そろそろ帰るぞ」


「待って、あと城門の装飾を終えたら完成なの」


 マジか。

 じゃあ、まあ、待つけど。


 俺も何か作ろ。


 何が良いかな?

 泥団子でも作るか……あ。

 手、汚したくねえな。


「たかし! この貝あげる!」


 俺が立ち尽くしていると、ガキが満面の笑みで貝を渡してきた。


 茶色でみすぼらしいし、なんかモモンガの糞っぽい貝だな。

 いやまあ、モモンガの糞とか見たこと無いけど。


「いらねえよ」


「えー、ピンクのが良かった?」


「色に文句が有る訳じゃねえよ」


「一番おっきいのは、だめ! 私の!」


「大きさの問題でもねえよ。大人は貝殻じゃ喜ばないの、分かる?」


「でも、かみなしさん、白いやつで喜んでた」


「マジで?」


「うん」


 何が嬉しかったんだ?

 邪魔なだけだろ。

 高値で売れたりするのかね?


 ガキは、じゃらじゃらと楽しそうに集めた貝殻を眺めている。

 こうしてみると、普通の子供にしか見えないな……。

 いや、普通の子供だから、親の愛が無いだけで死にたくなるのか?


 こいつは今も、心の底では死にたいなんて考えているのだろうか?

 親のことを俺は好きになれないから、どうにもこいつの考えは分からない。


 過剰に干渉される事と、全くの無関心を決め込まれる事の、どちらの方が辛いのだろうか?

 まあ、辛さに順位をつける事に、意味なんて無いが。


 こいつは無関心が死ぬほど辛いと思った、それだけだ。


「なあ、今日は楽しかったか?」


「うん!」


「生きるって決めたの、後悔してないか?」


 ガキは、少し眉を顰めて悩んでいる。


 言葉を選んでいるのだろう。

 ガキは、ぽつりぽつりと時間をかけて言葉を紡ぎ始めた。


「えっと、ね。きのうの夜、やっぱり、辛かったの」


 ガキは、貝殻をがちゃがちゃと弄びながら更に言葉を続ける。


「ベッドに、家で、ひとりは、辛い……」


 ガキは貝殻から視線を上げる。


「でも、ベンチで、たかしと一緒に寝たのとか、かみなしさんが、がんばって私のこと考えてる時の顔とか、思い出したら……」

 

 ガキの目じりが、少し濡れている。

 しかし、その表情は、確かに笑顔だった。



「ちょっとだけ、だいじょうぶだった」



 すっかり低くなった夕日が、ガキの『ちょっとだけだいじょうぶ』な笑顔を赤く照らす。

 なかなかに良い表情だ。

 なんて、俺は素直にそう思った。


「まあ、最初はそんなもんでいいんじゃね?」


「うん! 今日、楽しかったから、今日の夜は、もっと、だいじょうぶかも」


「マジかよ、それ繰り返したら最強じゃん」


「うん! さいきょう!」


 イエーイ。ガキとハイタッチを交わす。

 時々なら、こいつと遊んでやっても良いかもな。


「二人とも、お待たせ。城は完成したから、もう帰りましょう」


「おしろ! 見たい!」


「そんなに凄い物ではないから、期待しないでね」


 口ではこう言っているが、見るからに自慢げだ。

 素直じゃない奴め。


 上梨に連れられて城の所に向かう。


「すごい! おっきい! かっこいい!」


 ガキは興奮して、騒々しくはしゃぎ回っている。

 上梨もそのはしゃぎぶりに自尊心を満たされたようで、得意げな笑みを深めていた。


 あのガキ、絶対オーバーにはしゃいでるだろ。


 世の子供の素直とやらに、俺は騙されないぞ。

 あれは絶対に本心一割、洗脳三割、気遣い六割、で構成されてる『はしゃぎ』だ。


 小学生は案外、気遣いができるという事を俺は知っている。

 尤も、それを見抜いたからといって、人の気遣いに水を差すほど、俺は幼稚ではないが。


「お前ら、そろそろ帰るぞ」


 俺の声掛けにそれぞれが応じ、帰りの支度を整える。

 帰るまでが、遠足だ。



 まあ、遠足じゃないけど。


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