平穏
長いようで短かった休日は終わり、更に月曜日の午前までも乗り切った俺は、ある問題に直面していた。
昼休みをどう過ごすか? これだ。
最近の昼休みは、ずっと上梨と話していたが、昨日上梨は、ガキの自殺を止めるという目標を達成した。
これは、上梨と俺が関わる理由の消失を意味している。
関わる理由がなくなったのなら、関わらなくなって終わりのはずだ。
終わりのはずなのに! さっきから、上梨はずっと俺の様子を伺っている……。
ずっと見ているだけなの、止めろよ。
せめて話しかけろよ、ストレスに押し潰されちゃうだろ。
もう、俺から話しかけるか?
いや、それも違うだろ。
でも、ストレスが本当に耐えがたい事この上ないし……自ら行動しないと現状の打開は出来ないし。
そんな自問自答を、延々と繰り返す。
しかし、それで気が紛れる事は無かった。
前もこんな事あったよな。
さて、前は上梨に話しかけて現状の打開を図ったが。
……同じ状況で、毎回同じ選択しか出来ない人間は、昆虫と何が違うというのか?
…………まあ、話しかけるけど。
「上梨、何か用か?」
「……べつに、何も」
上梨は、とっさに視線を逸らす。
あれだけ分かりやすく俺を凝視しておいて、用が無い訳ないだろ。
どうせ、話しかけたいけど話題が無かったんだろ?
コミュニケーション敗者め。
「遊園地で、あの後二人で何したんだ?」
仕方がないから、話題を提供する事にした。
今回だけ、今回だけだ。
「園内の絶叫系の遊具を、全て巡っていたの。結構楽しかったから、次は貴方も一緒に……いえ、やっぱり無しにして」
ほぼ全て言った後に撤回するな。
絶対に、あくまでお前を嫌っていますよ、というスタンスの再確認の為だけに撤回したろ。
「頼まれても、絶叫マシーンなんて乗らねえよ」
怖いし。
「そうね、貴方ノリ悪そうだし」
してやったり! という顔で上梨が俺を見ている。
『乗る』と『ノリ』をかけたくらいで、やり遂げた気になるな。
ユーモア敗者め。
そもそも会話の流れ的に、返事として微妙に成り立ってるから、ユーモアというよりも、ただの暴言に成り果ててるからな。
俺は、上梨の微妙な言葉遊びを完全にスルーする事にした。
ちょっと悲しくなれ。
「絶叫マシーンに乗るかどうかに、ノリの善し悪しは関係無いだろ」
「私の前に並んでいた金髪の男は、笑顔で同行者と話しながらジェットコースターに乗っていたわ。そのあと、盛大に吐いていたけど……」
言葉遊びを無視されたというのに、上梨は少しも気にする素振りを見せない。
もしかして、『乗る』と『ノリ』をかけた言葉遊びとかじゃなくて、普通に暴言だったのか……?
ちょっと悲しい。
もう良い、重箱の隅をつついてやる。
「吐いた男が金髪だったからといって、ノリが良い奴だと判断するのは、余りに短絡的じゃないか?」
「髪の色を基準に判断したのでは無く、その男がしきりにノリが良い奴を自称していたから、例に挙げたの。短絡的だったのは貴方の方ね」
くっ……性格の悪い女だ。
明らかに引っ掛けるために判断基準をぼかしてただろ。
旗色が悪い時には、話題を変えるに限る。
「……結局、ガキとは上手くやれそうなのか?」
上梨の顔に、露骨に不安の色が過る。
「…………たぶん、大丈夫。簡単な魔法を教えてあげる約束もしたし」
思ったより、仲良くしてた……。
「な、なるほどね。魔法ね、ふ~ん。楽しそうじゃん、良いんじゃない?」
ガキとは、俺の方が仲良いと思ってたのに……。
「魔法を教えるの、やっぱり正解だったのね! ファントムちゃん、そういうの好きそうだし……よかった」
急にテンション上がったな。
「あの、家に人を呼ぶ時に、ケーキを焼くのって、変じゃない……わよね?」
さっきまでニコニコ自己肯定感を高めていたかと思ったら、今は不安そうに首をかしげている。
情緒不安定か?
そもそもそんな事を俺に聞くなよ。
こいつ、人間関係の経験値低すぎるだろ。
……まあ、せんゆう様の落とし子の性質的に、しかたがないか。
よし、根拠が主観十割の人間関係講座を、上梨に披露してやるとしよう。
「とりあえずケーキは、まあ問題ないと思うぞ」
俺の回答に、また上梨の表情が明るくなる。
こいつ、ずっと言葉の刃で武装していたからクール系のイメージがついていたけど、思っていたより単純だな。
「上梨は、何で俺がケーキを問題ないと判断したか分かるか?」
「え? えーと、ファントムちゃんが甘いものを……好き……だから?」
ガキの味の好みを、俺が知っている訳ないだろ。
「もっと根本的な問題だ。あいつは、親に放置されているからか、自分に興味を持たれることに執心していると、俺は考えている。つまり、あいつの為にした行動なら、基本的に何でも喜ばれると、俺は思う」
結局、上梨がガキと仲良くなれたのも、自分が人を喰ってしまうかもれない恐怖に折り合いをつけ、覚悟を決めてガキと向き合ったからだろうし。
「じゃあ、洋服をあげるのとか、本をあげるのとかも大丈夫だったのね!」
こいつ、好意の示し方のバリエーションが物を渡す事しかないのか?
好感度上昇アイテムを渡すだけで結婚まで出来るのは、ゲームの中だけだぞ。
……いや、現実でも出来るか?
「……何をするかは、ちゃんとガキを見て、話して考えろよ。独りよがりは無関心と変わらねえぞ」
「ええ」
神妙な面持ちで、上梨がうなずく。
結局、昼休みが終わるまで、俺の勝手な分析披露は続いた。
あー! 上から一方的にアドバイスするの、たのしー!
数日後、頬が完全に緩みきった上梨から、魔法勉強会の成功報告を聞いた。
同日、ガキから上梨に習った魔法を見せたいという趣旨のメッセージが届いた。
なんか、もう……なんか……良かったね。
俺はその日、タバスコを一気飲みした。
+++++
俺は今、公園でジャングルジムの頂上を陣取り、ポチポチとスマホゲームに勤しんでいる。
コンシューマーゲーム派の代表として、本来は有り得ない行為だ。
しかし、ガキとの待ち合わせ場所に、思ったより早く到着してしまったのだから致し方あるまい。
信念を折る勇気とは、時に信念を貫く勇気よりも美しいのだ。
しかし、ガキが上梨に習った魔法を見せたいって言うから来たけど、保護者なしで小学生に魔法を使わせて良いのだろうか?
花火なら俺の手に負えるが、魔法となると、どうにか出来る自信は無い。
まあ、上梨がそんなに危険な魔法を教えるとも思えないし、大丈夫か。
というか、上梨は魔法勉強会が上手くいったと言っていたが、何を話したのだろうか?
上梨が、棘の無いコミュニケーションをしている状況を、全く想像出来ない……。
そんな事に脳のリソースを割きながらゲームを続けていたからだろう、ミスが連続してあっさりと負けてしまった。
冷静に集中してプレイしていたら、俺が勝ってた。
絶対勝ってた。
くそっ、もう一度だ!
俺は流れるようにスマホを操り、次の試合を開始する。
……あ、もうすぐガキが来る時間じゃね?
いかん、思考停止状態で何の疑問も無く試合を開始してしまった。
自分の考えを強く持つことの重要性を知る俺が、思考停止とはな。
吐きそう。
自己嫌悪に苛まれつつ、リタイアボタンをタップする。
さて、ガキは来てるかな?
ジャングルジムの上からだと、結構遠くまで見える。
公園の入り口から十メートル程離れた場所に、ガキの姿を発見した。
なんか重そうなバッグ持っている。
あの中に、魔法道具的な物が入っているのだろうか?
本当に魔法を見れるのか、ワクワクがとまらん。
うひょー!




