黒い影との戦い
>>潜入日時:06/07 01:26
>>依頼者:User
>>目的:自殺への動機づけ及び被害者家族への謝罪への誘導
>>具現化したアイテム:ロウソク、ライター、公演アンケートの綴じられたA4ファイル
>>同期完了 潜入しています...
この女には心からご遺族に謝罪した上で償ってもらわねばならない。
私はアンケートの綴じてあるファイルを開き、中村加奈さんへのメッセージの書かれた物だけを探して取り出し、次に今回の対象者であるこの女に関するものを取り出した。
差は歴然。
【感動しました。ラストの美津枝とお父さんのじゃんけんの場面は泣きそうでした。】
【話も良かったですが、美津枝さんが素敵でした。】
中村加奈さんは公演を見た観客から概ね好意的に受け取られていたことがわかる。
対してこの女は、コメントが書かれていた枚数は中村さんよりやや少ない。
ダブルキャストで同じ役を演じていたらこのあたりも気になるのだろう。
また、ここが良かったと演技に対する好評価も書かれている一方で手厳しい物もある。
【出だしの部分は今まで見た美津枝の中で一番面白かったです。】
【台詞を言い直すのは役者として絶対にやってはいけないことだと思います。】
中には重箱の隅をつつく様な物もあり、気の毒な気もしたがだからといって殺人が許されるわけではない。
そして自分では手は下さず他人を利用するあたりが汚い。
まずは、自分の力のなさ、罪の重さを分からせる。
そして中村さんの家族へ真相を明らかにしてもらう必要がある。
自殺への動機づけはそれから本格的に行う。
これは宇賀のときより時間がかかりそうだ。
いつものことながら一人裁くのに時間がかかる。思わずふう、とため息をこぼしてしまったが、次の作業に取り掛かる。
中村さんのアンケート束と、この女の束をこれ見よがしに部屋の真ん中の床に置く。
これでこのアンケート束に気づけば夢の中であったとしても、この女は確認せずにいられないはずだ。
自分の事はどれだけアンケートに書かれているか、賞賛されているかどうか、逆に中村加奈の評判はどうだったのかと。
勝手にライバル心を燃やしていた相手と自分の評価の違い、夢の中とはいえ、この女は確認せずにはいられないはずだ。
部屋の中央に置いたアンケートに気を取られているうちに、火の手が回るように火の付いたロウソクを配置しなくてはいけない。
あらかじめ短く切ってはあるもののロウソクの扱いが一番厄介だ。
設置場所もそうだが、燃えやすい材質をあつめて気づいた頃には部屋から火がでているという状況を作る必要がある。恐怖を感じてもらわねばならないのだ。
夢の中とはいえ中村加奈さんと同じ恐怖を。
長期戦になるのはわかっている、今日の仕掛けはこのくらいだろう。
◇ ◇ ◇
お墓参りをした後、オレとピナは再び日本芸術文化大学に来ていた。
おそらく中村さんの墓前で手を合わせていた眼鏡の女性。
アカシックレコードを置いたのは彼女であったかもしれない。
もし違ったとしてもアカシックレコードを置いた人物を見ている可能性もある。
年齢的に大学生ぐらいだとすると、中村さんの友人だったかもしれないのだ。
再び劇団の見学したいという事にして稽古場までやってくると、以前も話を聞いてくれた劇団員の顔もあった。
「あれ、この前も見学に来てた二人だよね?今度はどうしたの?」
「あの、私中村さんのお母様にお会いして中村さんのお墓参り行ったんです。」
本当はクサナギさんに無理やり色んなとこハッキングしてもらって場所割り出しましたとは言えないからな。
「そうなんだ。そこまで愛される役者になったなら少しは浮かばれるのかな、中村さん。」
「それで、その時私たちとは別にお墓参りに来ていた方がいて、多分その方の忘れ物をみつけましてここの学生さんじゃないかと思って返しに来たんです。」
ピナなんか、すごいこじつけだけど、まあいいか。
「そうなの?わざわざご苦労様。何を忘れて行ったの?まさか台本とか?」
「いえ、データ用のCDみたいなんですけど。名前も何も書いてないんですけど、黒髪で眼鏡の女の人でした。」
「そんな感じの方って、中村さんのご友人とかでいらっしゃいますか?」
オレもピナに合わせて聞いてみる。
「うーん、中村さん同じ科の人と、劇団の人と一緒にいるとこしか見たことないしなぁ。ここ一か月は公演準備でみんな練習してるから彼女のお墓参りに行った人はいないと思うよ。」
ということは、ここの学生ではないのかもしれない。
ますます手がかりはないか。
「ねえ、あなた達は本当に演技を勉強する気あるの?」
突然後ろから別の劇団員に声をかけられる。
ふわふわのパーマの髪に可愛らしい顔立ちではあるが、鋭い視線と語気には可愛らしさは微塵もない。
「ちょっと、奈々ちゃん何怒ってるの。」
「だってそうでしょ、亡くなった人のことを探るみたいに何度も押しかけて。それにあなた達からほんとに演技を学びたいという意志が感じられない。」
ある意味この人のいう事はあたっている。
どう誤魔化したらいいのかピナも考えているようだ。
「もう、高校生相手にやめろよ。オマエ中村さんの事あんまり好きじゃなかったんだろ。気に入らないからって大人げないぞ。だから夢にまで出てくるんじゃないか?」
別の男性劇団員の言葉にオレたちははっとした。
もちろん関係ない場合もある。
ただ、「夢」。
「なにそれ?なんなの奈々ちゃん。」
「コイツの夢の中でいかに中村が凄かったか自分と比較されるみたいに観客のアンケート置かれてたり、壁に落書きされたんだと。あとは何だっけ?」
「勝手に言ってればいいわ。私帰ります。どうせ今日は八場まで練習回ってこないでしょ。」
言うと奈々と呼ばれた彼女は稽古場から出ていった。
なんでも最近悪夢を見るとかでずっと寝不足だということは仲の良い劇団員に話していたらしい。
これはもしかすると、「潜入」されているのではないか。
考えすぎかとも思ったがオレとピナは奈々の夢に入る画策をした。
本来なら自発的にヘッドフォンをして音楽再生プレーヤーで寝てもらうのだが、スピーカー再生にして就寝する頃を狙うしかないだろう。
>>潜入日時:06/18 00:00
>>依頼者:調査潜入のためなし
>>依頼:対象者(佐藤奈々)の夢内調査
>>具現化したアイテム:懐中電灯、ナイフ、ライター、ハンマー
>>同期完了 潜入しています...
ピンクで統一されたインテリアで可愛らしい部屋。
それが佐藤奈々の部屋の印象だ。
ただ、床の真ん中に破られた紙、なぜか焦げているベッド上のクッションと掛布団が異様な雰囲気を放っているのを除いては。
オレは部屋の真ん中に無造作に散らばっている紙を拾い上げてみる。
「ピナ、これがそのアンケートみたいだな。観劇日とか感想とか記入してくださいって書いてあるし。」
「色んな舞台見に行っても結構あるもんね、こーいうアンケート。」
よくよく読んでみると破られているのは中村加奈さんへの好意的なコメントが書かれたものばかりだ。
ぐしゃぐしゃに丸めて部屋の隅に転がっていた用紙を広げてみると、佐藤奈々さんのことなのだろうか?台詞を言い直すのは絶対してはいけない。など上から目線のコメントが書いてあった。
まあ、腹が立って丸めたくなる気持ちも分かる気がするが。
「この部屋、あの拾ったアカシックレコードの部屋と似てない?」
「え?」
「だって、本人が望まないものがあえて置いてある感じで。」
確かに、通常潜入する部屋はこんな事件現場のような様相ではなかった。
子どもの夢に入った時は、恐怖の記憶を忘れたいがために奥底に隠すように散らかってはいたが、自分を守るためだ。
この部屋は、他人に荒らされたようになっている。
確かにオレたち潜入者ならそういう「他人の夢を荒らす」ことも可能だろう。
「多分この部屋、あの黒い人が潜入したんじゃないかな。」
「オレたちみたいに潜入してるソイツの目的はまるで違うみたいだな。」
「なんか、中村加奈さんを殺したと思われる人を狙ってる気がするね。」
それは飛躍しすぎじゃないか?
「でもピナ、今回の奈々さんの場合は陰で中村さんを嫌ってただけだろ?」
「もし、計画してたのが宇賀と奈々さんだったらどう?」
「大学は違うけど宇賀と奈々さんが知り合いだった可能性があるってことか。」
だとすると、黒の潜入者はもう犯人はこの二人と証拠を掴んでいる、またはそう信じていて殺そうとしてるのか?
でも宇賀は理由が分からないが車で池に落ちて死んだ。
誰かに襲われたとかいう訳ではなく、警察も事故と判断した。
宇賀が殺されたのだとしたら、その犯人があの黒の潜入者だとしたらどうやって?
潜入で精神的ダメージは与えられるかもしれないが、所詮は夢の中の話でそれだけで死ぬことはないだろう。
「仕方ない。これは全部クサナギさんに話して考えてみよう。」
「そうだね。一旦戻ろう。」
ピナとオレが潜入を終了しようとしたその時、目の前の壁が、景色がぐにゃりと曲がった。
「おい、ピナ気を付けろ。何か変だ。」
そして波紋のように次々と歪みが広がっていく。
「早く出た方がいいんじゃないかな。」
「出ようとしてるけど、システムが受け付けてない。」
部屋全体が波打つように揺れ、まるで水の上にいるように足元も揺れる。
それなのに立っていられるのも不思議だが、うかつに動くのも危険な気がする。
ピナも眼だけで周囲を確認し、動かない。
ふと周りを見渡すと部屋のドアだけが揺れて歪むのをやめている。
そしてその周辺から少しづつだが揺れが収まっている。
ドアから壁、天井、床にかけてゆっくり元の空間に戻り、そして完全に止まったようだ。
「とまった、ね。」
「これもクサナギさんに要報告だな。戻ろう。」
>>調査潜入:終了。一部原因不明エラーあり。
「それは多分ダブルブッキングしたんだろうね。実験したことはなかったけど、話を聞く限り理論的にはつじつまは合う。」
クサナギさんは一人納得しているがこっちはさっぱりだ。
「つまりね、君たちが潜入してる時に、佐藤奈々の夢に潜入しようとした人がいるってことだよ。」
「それって、例の黒い人?」
「多分ね。」
なんとかその黒の潜入者を止めなくてはいけない。
「クサナギさんは他に潜入できる人に心当たりってないんですか。」
「あるよ。」
ピナの質問にあっさりと答える。
「最初にこの潜入システムを僕と一緒に作ってた小山さん、なんだろうね。」
「誰ですかそれ!?」
「まあまあサキチくんも落ち着いて。彼女精神科医でね、今は普通に医者やってるんだろうけど。治療に役立てる為に潜入の技術を使っててもおかしくないかな。」
「じゃあ、その人が。」
「違うね。彼女潜入は出来ないから。他に賛同者がいてその人にやらせてる可能性が高いかな。悪は許さない!みたいなタイプだったし。悪を裁くために潜入、とかも考えそうかな。」
さらりと次々答えていくクサナギさん。
もうツッコミたいとこは色々あるが、まずはこの事件をなんとかしなくてはいけないだろう。
「クサナギさんの言ったことが全部正しいとすると、また黒の潜入者は佐藤奈々の夢に潜入して宇賀の時と同じように事故に見せかけて死ぬように仕向けてくる可能性が高いですよね?だとするとどうしたら阻止できると思いますか。」
「そうだね、サキチくんの言うとおり来るだろうね。そして防げるとしたら、こちら側がずっと潜入し続ける。」
「ずっと、ですか?」
「うん。二十四時間、いや対象者が寝てる時間だから一日八時間くらいかな。」
交代でやるにしても途方もない。相手はいつ潜入してくるかも分からないのに。
「なに暗い顔してるの二人とも。もちろん君らが潜入してた方がいいだろうけど要はこっちの潜入システムを繋ぎっぱなしにすればいい。ほら、いつもの潜入する直前の状態だよ。対象者が起きてたとしてもね。ほら、見たい映画のDVD持ってても、既に他のディスクがプレーヤーに入ってたら再生できないでしょ?そんな感じさ。」
分かりにくいのか分かりやすいのか、よく分からないがとりあえずオレたちが張り込み続けなくてもいいということは分かった。
「じゃあ、もう今すぐ奈々さんにシステムだけは繋いでおけばいいのね。」
「まあ、もしハッキングして破ろうとかしてきたら僕が阻止しないと駄目だろうけどまずは大丈夫だろうね。」
「でも、毎回スピーカー仕掛けにいかないといけないよね?」
「ああ、それは大丈夫だよ。その小型版を彼女の家に仕掛けてきたから。」
なんだって?
あまりに当然のようにいうクサナギさんにオレもピナもぽかんとするしかない。
「なんか二人とも頑張ってるからさ、二人の夢に交互に潜入して調べたらわかったからさ。だからまあ、概要は分かってるよ。さ、早くこれ終わらせて二人とも本業の方に戻ってね!」
◆◆◆
>>ERROR
>>潜入できません。
>>システムを終了します。
もうこれで五日連続だ。潜入ができない。
閉院したクリニックで一人、潜入専用室のベットで思わずため息がでる。
追い詰めるには連日夢の中に仕掛けを作る必要があるのに。
彼女の部屋には盗聴器、カメラも仕掛けてある。
正確には、彼女のパソコンをハッキングし乗っ取ったことによりパソコンについているウェブカメラから様子を探っているわけだが。
就寝したことを確認し潜入するには十分だ。
しかし、肝心の潜入が出来なくなっている。
ここのシステムの不具合も考えたが昼間患者さんの夢には問題なく潜入できるのだからそれはない。
あとは意図的に邪魔されているということだ。
小山先生の話によると潜入システムを共同開発していた人がいたとのことだった。
おそらくその人物、または関係者だろう。
だとすれば、そこを叩くしかない。




