夢の中の黒い影
◇◇ ◇
事件調査5日目
「アカシックレコードに映っていたあの男なあ、お母さんの話だとお子さんの通ってるサッカー教室の先生にそっくりなんだそうだ。」
夢研究所に入ってくるなり言ったクサナギさんの一言は驚くべきものだった。
「え、じゃあその人の事件当日の行動とかが分かれば犯人かどうか分かるじゃないですか。」
ピナは思わず立ち上がる。
「それも君たちのために調べてきてあげたよ。宇賀功、武蔵体育大学の2年生。陸上部に所属。こどもサッカー教室の指導とピザ屋の配達のバイトをしているそうだ。そして事件のあった時間は配達中で途中、火災現場と同じ区内のコンビニに立ち寄っている。防犯カメラにもちゃんと映ってたそうだ。」
「それじゃあ、
「まあ待て。コンビニに寄った時間だと現場まで行って放火するには間に合わないことも分かり、彼は捜査線上から消えたそうだ。これで納得したかい?早いとこ二人には本業に戻ってもらわないと。」
「あーあ、結局ふりだしに戻っちゃうか…。」
しゅんとするピナ。
でも、まだ犯人でないと決めるには早い気がする。
「クサナギさん、それどこのコンビニですか。」
オレは地図を広げ、被害者の中村加奈さん宅に印を付けた。
同日、夕方。
オレとピナは例の男、宇賀の寄ったコンビニ前に来ていた。
「ねえ、ストップウォッチ持って何するの。」
「本当に現場まで行くのに七分以内で着けないのか試すんだよ。」
「ええー、クサナギさん言ってたじゃん。往復十四分以内、このコンビニからだと七分以内に現場に着かないとアリバイはくずれない。この辺の道路は蛇行して走ってて、そのくせ坂道だらけでバイクでも往復で二十五分はかかるって。しかも土曜の昼過ぎで道も混んでる時間帯だったんでしょ。」
「それは車道を通ればの話だ。」
「だって、宇賀はバイクに乗ってたんでしょ?」
「バイクを置いて、人がやっと通れるような路地裏や猫しか通らない塀を超えて行くルートだったら?」
オレはストップウォッチをピナと自分の首にかけると二つのストップウォッチのスタートを押し、同時に走り出す。
「え?ちょっとサキチくん、私はどうすればいいの??」
「オレが戻ってきたらストップボタン押して。」
陸上部だったなら走るのは得意なはず。
行きだけでどのくらいかかるのか、また帰りはどのくらい差がでるか。
オレが現場に着いたら自分の首に下げたストップウォッチを止め、コンビニ前に着いたところでピナの方を止めればいい。
オレは頭の中で地図で確認した最短距離を頭に描きゴールを、中村加奈さん宅を目指す。
そして結果は。
「はあはあ、っはあはあ。」
「すごい、十四分以内だ。九分十七秒で戻って来ちゃった。」
「だから、はあっ、言っただろ。はー。」
息を整えながらオレは答える。
「これなら、放火して時間を使ったとしてもおつりがくる。」
「アリバイ陥落だね!」
この事実をクサナギさんに突き付け、警察に知らせれば本格的に捜査もしてくれるはずだ。
そうオレたちは思った。
しかし、意外な形でそれは叶わないことになる。
―― 大学生がキャンパス内で転落死する事故が発生しました。一日未明、武蔵体育大学の二年生、宇賀功さんが、乗用車に乗ったまま学内の池に転落し死亡しました。遺書はみつかっておらず、警察は事故とみて捜査をしています。
「もう、何がなんだか分からなくなってきたね。」
研究所のソファに力なく座り、ピナがぽつりと呟く。
「これ以上はオレたちにはどうしようもないよ。」
「そう、だね…。」
「だからさ、オレたちの出来ることをしよう。」
そうオレは提案し、中村加奈さんのお墓参りに行くことにした。
◇ ◇ ◇
墓地というと暗いイメージがあったが訪れた霊園は公園の中ようにきれいな場所だった。
最近はこんなところもあるんだな、と感心してしまう。
ピナはお花をしっかりと携え、進んでいく。
墓石の場所までは分からなかったため一つ一つ見ていくしかないが、潜入の時の探し物に比べたら簡単だろう。
ふと、他にも墓参りをしている女性の姿をみつける。
年の頃は二十歳過ぎくらいなのだろうか、肩にかかるくらいの黒髪に眼鏡、知的美人といった風貌のその人は合わせていた手を離し立ち上がる。
その際目が合い、女性もオレも軽く会釈すると女性とすれ違う。
「サキチくん、中村さんのお墓ここだよ。」
「え、ここ今の女の人が手合わせてたとこだよな?」
「たぶん、そうだね。」
既に花受けにはたくさんの花があり、そこに供えるのは無理そうだと分かるとピナは花束をそっと墓石の前に置き手を合わせる。
オレも手を合わせようとしたとき、お供え物を置くであろう場所にとんでもない物をみつけることになる。
一枚のディスク。
そう、これは―
「アカシックレコードだ。」
え?と事態を把握していないピナをよそに、おれはすぐリュックのポータブル再生機を取り出しPlayボタンを押す。
>>記録日時:05/25 00:06
日時は約一週間前だ。次に画面が切り替わると、ベッドで寝ている男の姿。カーテンは閉められているが外は明るい。朝なのだろうか。
眠たそうに寝返りをうっている男。その横から真っ黒な人影が現れた。
なんなんだこれは…。
そして、その黒い人影は寝ている男をよそに壁に何か紙のような物を貼りつけ、ポケットから取り出した物で壁に直接文字を書きだす。
真っ赤な字で
オマエガナカムラカナヲコロシタ
と。
このあたりでオレは人影が全身黒の服で頭まですっぽりフードを被っているんだと気づいた。
そして壁に映像が寄っていくと貼り付けた紙のようなものは、中村加奈さんの写真…。
「サキチくん…。」
ピナが何か言いたげだが、オレは2倍速で再生をかけてみる。
赤い字を書いた後、手にしたナイフでカーテン、クローゼットの中の衣類など部屋中を切り裂きそのナイフを寝ている男のまさに顔の近くのベッドマット部分に突き刺す。
そして床にラジカセを置くと、画面から消えていった。
おそらく潜入を終了し出て行ったのだろう。
めちゃめちゃに荒らされ異様な空間となった部屋。
そんな部屋に残された男だけがしばし映されていたが、突如男が飛び起きる。
なんだ?
画面を普通再生にして確認するとその理由はラジカセだった。
「ああ…もう、いい加減にしてくれよ。俺だって殺す気なんてなかったんだよ。」
叫ぶ男の声をかき消すように大音量で不協和音が鳴り、可愛らしい女の子のような機械音声で「オマエモシネ、オマエモシネ」と感情もなく無機質に繰り返す。
その男の顔にオレもピナも見覚えがある。
宇賀功。
「やめてくれ、おれはあの女に、くそう、あいつのせいで、もうやめろぉ。」
あとは到底聞き取れる言葉ではなく、発狂したような叫び声が続く。
男は音の発生源であろうラジカセのボタンを手当たりしだい押して止めようとしているが、一向に止まる気配はない。
男はさらに壁や床に叩き付けるが、効果はないようだ。
ここまで見てオレは再生機を止めた。
宇賀が死んだのは六月一日未明だとニュースで言っていたはずだ。
この記録日時が本当ならこれは宇賀が死ぬ一週間前の夢という事ことになる。
「ピナ、さっきの女の人を探そう。」
「うん。」
リュックの中にとりあえずアカシックレコードごと押し込むとオレたちは走った。




