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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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8.空白の時

「それで…精霊の事は理解しましたが…姫様はその精霊に何をさせていたのですか?」


「そ…それはですね…」


その後。一人感傷に浸り過去を振り返ったジュレットは、ふと思い出したように素朴な疑問を口にした。

契約者の魔力が届く範囲であれば戦闘さえ可能な精霊の適性は広く、諜報活動においては人間を遥かに凌駕する。その為、必要な戦力を補う意味でも、魔力を対価に精霊と契約を結ぶ者は多いが…。

言い淀み、気まずさに目を背けるレイシアの答えはジュレットをして溜め息を零す程、彼女らしく、そしてくだらないものだった。


「…なるほど、あの男は今書庫に…しかし姫様…」


「な…何ですか…」


「いくら気になるとは言え、一国の王女が精霊を使って覗きと言うのは…」


「仕方がなかったのです!また置いていかれたらと思うと気が気ではなくて…!」


「………はぁ…」


幾千年より前からこの地に在り続け、精霊と呼ばれる者達。その発現には大気の魔力、自然の活力、或いは人の願いや想いが関係していると言われているが、詳しい事は彼等自身も知り得ない。

精霊達はその位階によって幾つかの形態に分類され、下位精霊は精霊球と呼ばれる光球体で宙を漂い、扱える元素の力も微々たるもの。それが何らかの影響を受け、覚醒したのがシルフェルのような小人型、或いは動物を模した獣型と呼ばれる中位精霊となる。

彼等は人語を解し、その力も飛躍的に増大するが、自我を持つ事で生まれる弊害も少なくはない。そして、最上位ともなれば人の姿まで模倣する事があると言う。

契約者の魔力を介する事でその性質までも色濃く反映する精霊は、より澄んだ魔力を持つ程に清く、濁った魔力を持てば相応に穢れを帯びていく。分身であり、友であると同時に恩寵を与えるもの。その立場はあくまでも対等である事を忘れてはならない。


「ヨルカの事見てたら睨まれた。ちょっと怖かったけど…シア様のために頑張った!」


「ふふっ。ありがとう。けどそんなに怖がらなくても大丈夫よ。悪意を持って夜神様に近付かない限り、あの子はその時まで大人しくしているわ」


また、シルフェルのように誰かの為と尽くす想いは人間であろうと精霊であろうと変わりはなく。それが例え顔を顰め、ため息を吐くようなくだらない行為でも、一国を滅ぼすような残虐な行為でも。故に、精霊との契約については厳しい制限と規則を設けている国も多く、夜神が精霊の泉、その在処について調べる事が出来なかったのも当然と言えるだろう。


「そんな事より姫様、シャーリー王女の動向を見張らなくてよいのですか?…昨日の謁見…あの方は何処まで知っているのですか」


「…恐らく、状況については全て知っているでしょう。でなければあのような…『初めまして』とは言わない筈。最初はシャーリーが何を言うのかと不安でしたが…どうやら彼女には夜神様の為に命を張るだけの覚悟も、そして想いも無いのだと知る事が出来ました。これ以上シャーリーに出来る事は無いでしょう。それに…あの子は私の事だっていまだに認めていませんから…シャーリーは近付く事さえ叶いません」


「姫様がそう言われるのであれば…」


「…夜神様が真実を知った時、どうなるか…それは私にも分かりませんが…到底、この身一つで贖える筈もない…王国全土が消滅するくらいはあるでしょう。シャーリーもそれを分かっているからこそ、あの場で黙した…っと、申し訳ありません。これ以上長居しては迷惑になりますね。明日は宜しくお願いします」


「はい…」


しかして。僅かとは言い難い不安と懸念。全てを知り、その遠大な計画に加担した者として苦言を呈すジュレットに対し、答えを返すレイシア。彼女もまたシャーリーの思惑には至らず、結論を述べて尚、顎に手を当て思慮を巡らせる。

知らぬ間に変わってしまった姉と、手にするものを見失ってしまった妹。その、余りにも余りなすれ違いはいつ、交わるのだろうか。

ジュレットは去っていくレイシアの背を見つめ、幼き日の二人を思い浮かべた。


一方その頃。件のシャーリーはと言えば。


「なぁシャーリー、流石にこれ以上はやめといた方がいいって」


「姫様、私もそう思います。ファル殿の言うように、何事も命あっての物種。姫様には次期女王として立つ器がございます。あんな男一人に固執しなくても…」


赤く燃える炎を揺らし、尾を立てる狐に似た精霊の言葉。そして、これに賛同する恰幅のいい中年の男。一匹と一人は何かを諌めるようシャーリーに言葉を尽くしていた。


「…………」


「あの様子じゃ俺様達の予想はズバリだ」


「そうですね。陛下は勿論、宰相のディルハーツに加え騎士団の連中も…かなりの数の人間がレイシア王女の計画に加担してると思われます…それに」


「…夜神様の契約精霊でしょ。ファル、あれが最上位の精霊と言うのは間違いないの?」


「これでも俺様は上位の精霊だぜ?その俺様が…お前にあの部屋の様子を見に行ってくれって頼まれた後、すぐ逃げ帰ってきたのを忘れたのか?」


話題の中心人物はやはりと言うべきか。柊夜神について。その目的は…言わずもがな。

彼女達は空白の時を知る糸口を掴む為、情報の擦り合わせと、今後の方針を話合っていた。


「…レイシア王女からは継承権について、お話があったんですよね?」


「…えぇ…一方的に、ではあるけれど…」


(…己が利益しか目に入らぬ浅ましさ。でも…何故お姉様はあんな事を…。夜神様への好意は既に周知の事実。それに…今のお姉様なら私を退けて王位に就く事も出来るでしょう。…夜神様は依然として、一国の王にさえ興味が無いとでも…或いは、それ程の代償を支払わなければあの方の心は動かない…)


これはいつか在りし日の記憶。

シャーリーの私室にて。


『え……お姉様が…戻った…』


『はい。しかしどうも様子がおかしく…その…髪は銀色に変わり、まるで別人のような姿で。それと、城内の一角に兵を立て、他国から持ち込んだ何かを隠しているとの噂です』


夜神様と思しき者の所業を聞きつけ、皆の制止を振り切って国を飛び出したお姉様。その後、一切の連絡も無いまま時は過ぎ…何の前触れも無くこの報せを受けた私は…お姉様に会う為、そして彼の言うものが一体何なのか。直接赴いて確かめようとした。けれど…。


かつ…かつ…かつ


『……お姉様は何処ですか』


『シャーリー王女…』


『この中に居るのですか?…そこを退きなさい』


『申し訳ありませんが…ここに立ち入る事はレイシア王女以外、何人にも叶いません』


扉の前に立つ兵士達は私が何を言っても譲る事はなく。そうこうしている内にお姉様が現れた。


『…シャーリー?こんな所で何をしているの?』


それは確かに。別人と言われても頷けるだけの容姿と…何より、覚悟を決めた者の目をしていた。


『お姉様…!?お戻りになったのなら何故言って下さらないのですか!?…ここには一体何があるのですか!』


『ここには…私にとって何よりも大切なものがあります。…いい機会ですね。シャーリー、私は遠くない将来、王女である事を捨て国を出ます。そうなれば過去はどうあれ、今貴方の胸の内にある不安は消えるはず。…これを対価に…以降、私の詮索はせず、この国の女王となるべく励んで下さい』


『お姉様!それは一体どういう意味ですかっ!?』


『貴方達も、今の話は他言無用です』


『はっ!』


そう言い放ち扉の中に消えていくお姉様。その時垣間見えた寝台と、すぐ横に置かれた椅子。そこに何があるのか、なんとなく分かったような気がした。

程なくして私は確信を得る為ファルを差し向けたけど、精霊の圧に阻まれたことで話は想像の域を出ないまま随分と長い時が流れた。


「であれば…異世界人など、探せば他にもいるではありませんか。…姫様の美しさであれば引く手数多でございましょう」


(この男は知らない…そこらの異世界人と夜神様の価値は天と地ほども違う。女の悦びは勿論…この国を今以上に発展させ、変える事も出来る。そして何より…夜神様を手中に納めればお姉様も…)


「そう簡単に諦められたら苦労しないわ。…長い時を経て目覚めた夜神様。二度目の謁見とその反応、そして最上位の精霊。これはもう疑いようもなく…だけど…」


「打つ手無し。まぁ、何がどうしてそうなったかは分からず終いだけどな」


過程は一切が謎に包まれ、目的も憶測の域を出る事はなく。分かった事と言えば柊夜神と姉であるレイシアに起こった変化だけ。

これはまだ彼女が国へ戻る前の話。国内貴族は中立を除き、その殆どがシャーリーを支持し。彼女自身も政務、公務問わず積極的に務めてきた。その甲斐あってか、以前よりレイシアが城内で働く者や武官、軍関係の支持を集める一方、文官や爵位の高い者達の支持は堅固にシャーリーから離れる事はなかった。

二分する勢力。しかしその中身はまるで別物。レイシアに寄る者の多くは彼女の強く気高い想いに。そして、シャーリーに寄る者は己が利権を得る為に。なればこそ、こんな姑息な意見が出る事もあるだろう。


「では…我々以外にやってもらっては如何でしょう」


「…それはどういう意味ですか、ブランダ卿。前提として、今の夜神様でなければ意味がないのです。もしあの方が真実を耳にすれば…その時点でこの国が滅びる事もあり得ます。有体に言って、今の私達に為す術はありません。…もっとも、死なば諸共と言う事であれば話は別ですが」


「いえいえそうではありません。もっと単純に…例えば間者を送り、異世界人とレイシア王女を引き離す。或いは、我々を阻む精霊を契約破棄に追い込み無力化するなど…王都を離れてしまえば付け入る隙もあるでしょうし、その者を通じて国への帰還を促す事も…そうすれば、我々はただ待っているだけで事足りる。まぁ…全てを捨てて国を出るレイシア王女には気の毒ですが…これもご自身で選んだ道と諦めてもらいましょう」


「…俺様はあんま趣味じゃねーな。そういうやり方はよ。それに…」


(…これじゃあ本末転倒だ。シャーリーの本当の目的は…)


「まぁまぁ、ファル殿もそう言わず」


「………………」


(悪くない…けど余りにも無謀。例え間者を送り込んだとしても、夜神様がそれを相手にしない可能性は高い。そもそも今の夜神様がお姉様の事をどう思ってるのかも分からないのに。精霊に関してもそう…あれはまだ一度もその姿を見せてはいない。いえ、私の想像通りなら姿を見せられない。…とは言え、知らない事が多すぎるというのも事実…)


「…シャーリー、どうするんだ?」


「…姫様」


「…そうですね。まずは空白の時を埋める所から始めましょう」


「…っ!…おい、シャーリー!」


「落ち着きなさい。上位精霊である貴方の契約者として…王女として。恥じる行為は私もしたくありません。しかし、今の私には情報が足りてないのも事実。…よってブランダ卿」


「ははっ!」


「これから伝える条件に見合う者を用意し、可能であればお姉様と夜神様の旅に同行させなさい。貴方は私に、この国の女王になってもらいたいのでしょう?」


しかして。一悶着の末、結論を出すに至った此度の談合。ブランダ・デ・ダブランチ侯爵の提案を受け入れ、笑みを浮かべるシャーリーは結局のところ、何一つ明言していない。

騙し、謀り、破滅に追い込み全てを我が手に。それは、彼女の願いが破綻するのと同義だった。

後一つ。何か一つでも情報を得られれば、今後の方針を明確に出来る。その機会が間も無く訪れる事を知らぬまま、最善を選び取る。

政治を生業とし、海千山千の中で揉まれた彼女の強かさは、レイシア以上。そして素直になれない性格も、荊姫を遥かに勝っていた。


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