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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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7.結実の日

淡い輝きを放ち、明滅を繰り返す。翠玉は太陽を背にその姿を変えると、契約者の元に舞い降りた。


「シア様ー!」


「お帰りなさい、シルフェル。夜神様の様子はどうでしたか?」


「……………」


(やはり精霊…しかしこの姿…それに人語を解している。あの時の精霊とは別…いや、まさか…)


「ワタシたちの本読んでた!後はぁ、マオウの本!それと、どっちにしようかって!」


「どっちに…そうですか。他に変わった様子はなかった?」


「大丈夫!ずっと一人で何か喋ってた!」


「そう、ありがとう」


「えへへ…ワタシ、良くやった!」


「……………」


忙しなく周囲を飛び回る、小さくて愛くるしい少女。これが彼女の契約精霊である事は一連のやりとりを見ても間違いないだろう。しかし、その姿は自身が知るものとは余りにもかけ離れ。浮かぶ疑問は続く会話に口を挟む暇さえ無く。疑問符を浮かべ精霊を見つめるジュレットに、レイシアは笑みを浮かべてこう告げた。


「ふふ…流石に驚かれたようですね。この子は貴方が良く知る精霊で間違いありません」


「それは…しかしでは…!」


「はい。金羅核の魔力量上限を超え鐘紋核へと至りました。その際、どうやらこの子も覚醒に促され、下位精霊から中位精霊になったようです。…きっとこの身も、私の想いに応えてくれたのでしょう」


「あ…シア様の前以外でこの姿になっちゃ駄目だった」


「構いません。その時は間近に迫っています。これ以上隠しても意味がないでしょう」


「…本当に…貴方と言う方は…」


「全てはジュレット騎士団長、貴方のお陰です。本当に感謝しています」


「いえ、そんな私など………申し訳ありません。嬉しくてつい。…厳しい事も言ってきましたが…魔力の上昇と共に精霊との契約を成し、遂には覚醒に至る。…私には異世界人よりも寧ろ、姫様の方が余程勇者に見えます」


「ふふっ…ありがとう」


思い掛けない成長を前に目頭を押さえ、月日の流れに想いを馳せる。

器ではなかったと見切りを付けた日も、死なせる訳にはいかないと知りながら歯噛みした日もあった。

まだ何も持たぬ王女に力を与え、見守り続けたジュレットにとって、蕾が花開く。今日はまさに結実の日と言えるだろう。


これはいつか在りし日の記憶。

城内騎士団練兵場にて。


『…レイシア王女…その格好は一体…視察にいらしたのでは…』


『いえ、本日はジュレット騎士団長に折言ってお話があって参りました。つきましては…私に剣と、魔力の扱いに関する指導をお願いしたく。…あの日、貴方の優しさに唾を吐き掛けた事は深くお詫びします。申し訳ありませんでした』


当時、私とレイシア王女の間には明確な溝があり、長らく顔を見る事もなかった姫様の訪問は、視察と称した憂さ晴らし程度にしか思っていなかった。故に話を聞こうともせず…軽鎧を身に付け、頭を下げる姫様に…私は憐れみと侮蔑の目を向けて、こう吐き捨てた。


『…レイシア王女…貴方の生い立ちには少なからず同情しています。王族にも関わらず、矮小な核を授かってしまった不運。一変する周囲の評価。さぞ生きづらかった事でしょう。ですが、歴代王族の中には貴方と同じ境遇に置かれながら、玉座に着いた方もいます。…無礼を承知で申し上げますが…最早、遅きに失した奮起と言わざるを得ない。早々に自身の価値を見限り、腐り続けた貴方に…教える事は何もありません。お引き取りを』


『…騎士団長の仰る通り、返す言葉もありません。私自身、何年も…無為な時間を過ごしてきたと後悔の念に堪えません。ですが…どうかお願いします』


今思えば、あれは狭量な私の意趣返しだったのだろう。城内では姫様に変化が見られると噂されていたが…実際に見るまではとてもじゃないが、信じられなかった。


『…何を思って力を求めるのかは分かりませんが…貴方に、一から剣を学ぶ気概があるとは思えません。同様に、銀羅核では魔力を上げても限界はすぐに訪れる。身体の強化も無いよりはまし、程度。そして…王位については言わずもがな。貴族は皆、帝王核を持つシャーリー第二王女を支持しています。どう足掻いても…』


『今回の申し出に、妹や王位は関係ありません。ただ…強くなりたいのです。指先が触れるだけでも構わない。追い縋れるだけの力が欲しい。…その為なら、何でもします』


この時の私に理由を問うだけの興味が無かった事を…後悔するとは思わなかった。

私は姫様の意向を、シャーリー王女に対する嫉妬心と見誤った。いや、後にそうであれば良かったと、どれ程思った事か…。後悔は、真贋を見抜けぬ愚かさの証。…遅きに喫したのは他でもない、私自身だった。


『………アリア!予定変更だ!今日はフィルディア山脈へ行く。レイシア王女の護衛もある。人選は少数精鋭、転移装置の使用申請も忘れるな』


『はーい!』


『…では私に、その覚悟を見せて下さい』


『…分かりました』


そうして、私達は王都の背に聳える山岳地帯へと赴き、幾つかの野営地を経由しながら山脈を登っていった。そして。


『…ジュレット騎士団長、ここは?』


『フィルディア山脈の中腹です。…ここには多種多様な魔物が生息しており、麓、中腹、山頂と、頂きに近付くにつれ、魔物の強さは跳ね上がります。生息する魔物の等級もF級からA級までと多岐に渡り、頂上付近は騎士団でもアリアを含め、限られた者しか生存を許されない過酷な場所。例外として、討伐任務を行う冒険者も出入りは可能ですが、Bランク以上の高位冒険者に限られる。…レイシア王女には今から、この地の魔物と戦ってもらいます』


『…構いません。それで、どうすれば貴方に認めてもらえるのですか』


『無論、勝てとは言いません。次に現れる魔物の攻撃を五分間、凌いで下さい。現れる魔物は主にD級とC級。レイシア王女の魔力量があの頃と変わっていなければ、どちらが相手でも敗北は必至。遅かれ早かれ殺されるでしょう。けれど御安心を。今回は回復魔法を使える者もいますし、対等以上に戦えるだけの戦力も揃っています。貴方に命を落とさせる事はありません。ですが…勇気ある撤退も時には必要です。無理だと判断したらすぐに助けを求めて下さい。そして、強くなる事も諦めて頂きます』


単なる脅し。そのつもりだった。実際に遭遇すればE級の魔物ですら死の危険がある。およそ騎士団を預かる者として許される行為ではない。

立ち向かう気概を見せてくれれば上々。すぐにでも助けに入り、後は適当に練兵場の隅で新兵の真似事をさせればいいと、そう思っていた。覚悟を見せろと言いながらその実、私は既にその価値を諦めていたのだろう。しかし…。


『…五分、魔物の攻撃に耐えられたら私を鍛えてくれるのですね?』


『お約束しましょう』


『団長!四時方向上空に魔物が現れました!アクィルケラヴノスです!』


それから程なくして。現れたのはC級に分類される魔物だった。空を飛び、雷の魔法まで使う難敵を相手に、五分どころか一分を待たず嬲り殺しにされるだろうと。私は姫様にその場を下がるよう進言したが、彼女は頑として受け入れず。剣を抜き、魔物の前に躍り出た。


『キィィィーッ!』


ばさっ!ばさっ!


『ぐっ…うっ…!ただの風が…なんて威力…!私の魔力では防ぎ…切れない…!」


どーんっ!


『かはぁっ…!?』


結果は…言うまでもないだろう。翼を揺らし、突風を放つアクィルに呆気なく吹き飛ばされた姫様は、岩に激突し血反吐を吐いて地に臥した。


『レイシア王女…!?アリア!」


『はいっ!』


蛮勇にさえ届かない愚行。すぐさまその場を飛び出した私達は、ここで姫様の真価を目の当たりにする事となる。


『がはっ…!……さ…下がり…なさい』


『これ以上は無理です。大人しく諦めて下さい』


『はぁ…はぁ…まだ五分には…到底、届いて…いません…』


『申し訳ありませんが…命を落とさせる訳にはいきません』


『はぁ…はぁ……下がりなさいっ…!!ふぅ……ルーウィン王国第一王女…レイシア・イアス・ラン・ルーウィンが…命じます。騎士団長ジュレット・ジ・ダンティス…ここで私の命が尽きようと、貴方に咎はありません。…下がりなさい』


その圧倒的なまでの気迫に、気が付けば私とアリアは道を開けていた。

その後、魔物は姫様を弄ぶように鋭い嘴で貫き、爪で切り裂いたが、幸いにも魔法を使う事はなく。約束の時間も残り二分を切ろうとしていた。


『団長…!後何分ですかっ!?』


『…二分だ』


『もう良いじゃありませんか!私はっ…!』


『黙っていろっ!』


私やアリアを含め、これを見ていた騎士団員の気持ちは寸分違わなかっただろう。


『キュイィィィ!キィィィー!』


ばち…ばちばちばち…!


ずどどどどどっ…どーん!


しかし、そんな私達の想いを嘲笑うかのように…アクィルは独特な鳴き声を発し、辺りに雷の雨を降らせた。


『姫様…!姫様っ!』


『うっ………ここ…は。……っ!?ジュレット騎士団長!時間は!?私は…っ…うぐっ…』


『落ち着いて下さい。…姫様の覚悟、この目にしかと焼き付いております。だからどうか、今は安静にして下さい』


およそ気力、体力共に限界を迎えていた姫様はアクィルが魔法を放つ寸前に意識を失い。直後、総勢二十名を超える騎士団員が一斉に飛び出すと、私の時計はこの時のどさくさで無くしてしまった。

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