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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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6.魔力核

それから数時間後。予定通り朝食を済ませ、城の書庫を訪れた夜神は、山のように積まれた書物を読み漁り、物思いに耽っていた。


「…やはり書庫へ来たのは正解だった。相応に疲れもしたが、見合うだけの情報は多い。…中でも、魔力の核について。覇天核を持っている事以外、何も聞かされていない身からすれば些細な事でも有難い。…下から順に銀羅、金羅、鐘紋、帝王、綺雷、蒼氷、煌炎。そして…覇天と冠された八つの核。これが魔力を生み出す大元であり、そいつが持つ核の大きさによっていずれかに分類される。これらは潜在的な強さの指標であると共に、契約出来る精霊の位階を示している、と。…ここで重要なのは、潜在的にという文言だが…この先には異世界人が勇者と呼ばれる所以が書かれている」


そう、言いながら頁を捲る男に、自覚などないだろう。静まり返る室内で、語り聞かせるように一人ごつ、その集中力は並外れ。

世界は狭く、徐々に小さくなり。やがて思考の海に溺れると、髪を撫でる穏やかな風さえ気に留めず。男は続く一節に目を落とした。


「核は先天的な素養…この世界に於ける才能の一つと言っていいだろう。だが…どれだけ上等な魔力核を持って生まれようと、その中身は微々たるもの。魔力は使う事で錬磨され、少しずつその量を増やしていくらしいが…さて、戦力になるのはいつの事やら。これを、勇者召喚はいとも簡単に覆したと言う訳か。魔力核に加え、魔族と渡り合えるだけの魔力を持ってこの地に現れる…」


『…何でも出来る、と言うのが言葉として適切ではないでしょうか。』


(あの言葉…俄には信じ難いものだったが、こうして本にも記されているなら信憑性は高いと見ていいだろう。勿論、比喩的な表現や解釈の違いはあるだろうが、勇者召喚の意義とも乖離はない。覇天核か…この世界でも一人で生きていくのに事欠くことがなさそうで何よりだ)


「…後は例外的な事象が幾つか後記されていたが…これは俺よりも寧ろこの世界の人間にとって必要な情報だろう。この世界の歴史や魔王に関する事も一通り調べてみたが…こっちは余りにも不可解な点が多い。関わらない方が身の為か。それよりも…俄然興味が湧く。異世界の魔法…」


ぱたん…


こうして、得られた知識を反芻し、満足気に本を閉じる。男が書庫を訪れた成果は上々と言えるだろう。

一方で、自身の力について理解を深める程、湧き上がる興味と好奇心。中でも精霊と契約を交わす事で行使が可能になるという精霊魔法には凡ゆる面で期待を寄せていた。にも関わらず。これらに関する書物は少なく、精霊が集う泉が在るということ以外、詳しい事は記されていない。

何処へ行けば会えるのか。当ても無く巡り会うのを待つでもいいが、案内を頼めば手っ取り早い。欲を言えばしがらみも無く、思うがまま。そんな都合の良い人間などいる筈がない…と、ここで夜神が思い浮かべたのは、何を考えているかも分からない女の顔だった。


『…あ…貴方を愛しているからです』


(…最初は冗談とも思っていたが…今朝のあれを見て、まだ冗談だと思える程鈍くはない)


『…良かったぁ!』


(なぜ会ったばかりの俺に好意を寄せるのか、その理由は判然としないが…昨日の姉妹喧嘩が俺の力を巡ってと言う事なら、第二王女の突飛な言動を含め、一応の納得は出来る。どちらも肩書きは十分。連れて行くなら第二王女の方が扱い易いだろう。…とは言え…あの手の人間は頭が悪いと相場が決まっている…)


「介添人か…この国の王女と言うだけで利用価値は高いが、どっちもどっち…。当初の予定通り一人で行くのが自由でいいか…」


遠からず訪れる旅の門出。一先ずの目的地は精霊の泉になるだろう。その道行に袖振り合うか、捨て置くか。

疑う事しか出来ず、その価値を測る物差しは常に有益であるかどうかだった。どれだけ想いを注ごうと、夜神が認めたのはこの世界の住人である事と、王女と言う肩書きだけ。しかし…。


「あれをまた飲めると思えば精霊を見つけるまでの間、あの女と一緒というのも悪くはないか…」


その爪痕は確かに刻まれていた。


時は少し遡り騎士団施設内。


「ん…あれは…!姫様…すまないが暫く頼めるか、アリア」


「…………はい。訓練はいつもの所でいいですか?」


「あぁ、と言うか何だその間は?」


「いえ、何でもありません。団長、変な気起こしちゃだめですよ」


「そんな事ある訳ないだろ!いいからさっさと行け!」


今はもう、遠目からでも分かる程見慣れた姿に目を止め。長らく戦場を共にした仲間と茶番を繰り広げる。男の名はジュレット・ジ・ダンティス。このルーウィン王国を護る騎士団の団長にして昨日の謁見、更にはあの日、国王の護衛として地獄を見た数少ない人物の一人。

その外見は白髪碧眼の所謂、優男と言った風体を醸し。身に纏うマントと腰に佩く細剣を見ては騎士よりも魔法剣士と呼ぶ方が似つかわしいだろう。


「姫様…!」


「ジュレット騎士団長。昨日は騎士団の招集に加え急な謁見の参列、及び陛下の護衛、感謝します」


「いえ、そんな…それよりも、言って頂ければこちらから伺いましたものを…用件はやはり…」


そして間も無く二人は顔を見合わせ。二、三言葉を交わすと一人は笑みを、そしてもう一人は僅かな憂いを滲ませながら、想像に容易い目的を促した。


「はい。夜神様の指南について少しお話が出来ればと思って」


「して…あの男はなんと?」


「一週間を目処に、との事でした。もっとも、得られる成果如何と本人は言っていますが…以前とは違い、夜神様の予定が遅れると言う事はないでしょう」


「なるほど。そう…ですか…」


「申し訳ありませんジュレット…貴方にばかり面倒な役回りをさせてしまい」


「ははっ!それは今に始まった事ではないではありませんか。…姫様があの男を連れ帰った日の事に比べればこれくらい…」


「ふふっ。貴方でも震えるのですね」


「…いえこれは……姫様も人が悪い。…あの日、勇者召喚の場に居合わせた者でこうならない者はいません。…それにあの男は…」


「ジュレット。貴方の言いたい事も、気持ちも分かります。けれどその先を口にする事は許しません」


忠誠とは名ばかりの忠義を胸に。例え道化を演じようと、尽くしたい想いがある。

別れの時を目前に控え、男は今何を思うのか。全身を走る震えを見て、笑みを浮かべる王女に虚勢を張って口を衝く。言葉の先は、貴方を誰より近くで見ればこそ。

そして、憂慮とは言い切れない寂しさが、声になって溢れ出す。


「…姫様は本当に宜しいのですか…今の姫様ならあの男でなくとも…!」


「…貴方を含め、あれから色んな人達が私と言う存在の価値を認めてくれるようになりましたが…それは結果に過ぎません。私は夜神様の為に…いいえ、私は私の為に変わろうとしました。皆の為ではありません」


「それは確かに…最初はそうだったかもしれませんが今はっ…!」


『…俺は例え世界を敵に回しても、愛した女と一緒にいたい』


「…今も変わりません。あの日の言葉が、私に希望を抱かせてくれたんです。…きっと夜神様が愛した女性もそういう方だったのでしょう。…ある時、私は彼に問いました」


『あの、夜神様は何故そこまで彼女の事を愛せるのですか?』


『…何だお前唐突に』


『いえ…その…お言葉ですが…側から見れば夜神様の愛は…』


『異常、とでも言いたいのか?…はぁ…またお勉強会か。少しは自分で考えたらどうだ。いいか、人はみんな無自覚に対価を求めている。勿論俺だってな。…けど最初はどうしたって一方通行なんだ。対価を獲りにいくか、諦めるか。…あいつは全てを懸けて俺から対価を獲りに来た。それだけだ。…あいつはこんな俺に価値を見出し、俺に自分の価値を見出させたんだよ』


「……………」


「彼の言葉は難解で。私に全てを理解する事は難しいですが…彼にとって人とは…いえ、きっと全ては無価値なもので。だからこそ価値あるものをあれ程大切に想うことが出来るのではないでしょうか。…得られる対価がどのようなものか…あんな冷徹な人間に賭けた彼女に勝てる気はしませんが、私は彼から得られる対価をこの目で見てしまった…であるなら、全てを捨てても彼にとって価値ある者になりたいと思うのです」


「……ふぅ…姫様には参りました。そこまでの覚悟…いえ、そんなもの、あなたはとうの昔にしていたのでしょう。…もう何も言いません。ですが…お辛くなった時はいつでも…」


追い縋るジュレットの言葉を跳ね除け、突き放す胸の痛み。男の言葉は全てこの身を案じているが故。であれば王女として、彼に何と言葉を返すべきか。逡巡の末、レイシアが選んだのは、ある日の言葉だった。

全てを捨てて。そう語り、今も純粋にあの男を追い求め、行動するレイシアの意思は固く。これ以上、惨めな姿を晒すわけにはいかないと。口を閉ざすジュレットはそれでも、帰る場所は在るのだと。頼る者が在るのだと。これが、何も懸けられはしない男の精一杯の言葉だった。


「…えぇ…ありがとうジュレット。…さて、話を戻しましょう。訓練は明日からと夜神様にはお伝えしますがくれぐれも、貴方が死ぬ事のないよう全力でお願いします。私とて…天秤の無いところでまで屍の上に立ちたいとは思いません…」


「はは…それは勿論。ですがその…精霊魔法についてはどのように…情けない話ですが、あの異世界人が僅かにでも戦闘の勘を取り戻した場合、魔法無しで対応するのは…」


「その時は躊躇わずに使用して下さい。訓練の一環と言う事にすれば、どうとでもなるでしょう。…既に精霊とは話がついているので夜神様が魔法を使う事はありませんが、覇天核を極めた者の魔力は身体強化だけで十分脅威となります」


「分かりました。…ところで、あの男は今何を?」


「夜神様でしたら今頃…」


そうして話がひと段落を迎えると、事のついでといった風に男の現状を尋ねるジュレット。先程までとは異なる空気に頬を緩め、レイシアもまた、気安い調子で答えを告げようとした。次の瞬間。彼女の言葉は空から聞こえる慌ただしい声に掻き消された。


「シア様シア様ー!」


「あれは…精霊…?」


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