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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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5.初めて得られたもの

「さて…今日はこれから…」


「…夜神様っ!!」


(貴方の為に…貴方の為だけに…!だからたった一言…聞かせてほしい)


窓から差し込む陽の光に目を細め、間も無く席を立ち上がる。その後はもう二度と触れられる事もないのだと。そう思った瞬間、レイシアは身を乗り出し、その名を叫んだ。


「…なんだ、急に大声出して…情緒不安定か?」


「…すみません…その……私の淹れたコーヒーは…お口に合いましたか…?」


(あの時の私には何もなくて…貴方の日常になる事は途方もなく遠かった。けど、貴方が初めて語ってくれた好きが、私と貴方を繋ぐものであったならと…だから私は…あの日を途切れさせたくなくて…)


もう、何気ない朝の一幕でなくとも構わない。多少疑念を持たれようと、取り繕うだけの自信はある。知恵を貸してくれた者達がいる。

歯を食い縛り、耐えるには長過ぎた時間。仕方が無いと引き下がれるなら追い掛けはしなかった。

だから、どうしても聞きたい。愛する貴方の口から、愛する貴方の言葉で。


「…あぁ…お前が変な視線を向けている事が気になって言いそびれていたな。というか…空のカップを見れば分かるだろ…美味かったよ」


「っ………………」


「…ん?どうした……てお前それ…泣いてる…のか…?ちょっ…おい…」


「…良かったぁ!」


「………………」


揺れる銀髪と、青い瞳から溢れる涙に濡れた笑顔。それは、花が咲いたように…などと言う陳腐な表現に収まるものではなく。男をして見惚れるほどに美しく、綺麗だった。


これはいつか在りし日の記憶。

城内厨房にて。


『…ねぇ、あれ』


『……あれってもしかしてレイシア王女?』


『何をしているのかしら』


『私に聞かれても知らないわよ。…ほら、さっさと朝の準備を終わらせましょう』


蒼く透き通る髪は目を留めるに十分なほど場違いで。しかし、彼女達にとってはたった一言で尽きる程度の価値しか無く。


三日後。


『ねぇ…ねえってば』


『姫様でしょ?』


『何を作っているのかしら』


『詳しい事は分からないけど…飲み物じゃないかって噂よ』


『…シャーリー王女に毒でも盛るのかしら』


『ちょっと!こんな所で滅多な事口にしないでよ!不敬罪になるわよ!』


今日も、昨日も、一昨日も。目にする姿に浮かぶ小さな疑問。

ふと視線を移す時。或いはその横を通る際。それは確かに広がっていった。


そして一週間後。


『ねぇ…』


『何よ、そんな怖い顔して…』


『私明日、姫様に声を掛けてみるわ』


『っ…!?本気で言ってるの?』


『もう一週間も一人でやってるのよ?気になって仕方がないわ。いっそ何をしてるのか聞いた方がすっきりするわよ』


少しずつ明かされていく疑問は、けれど核心に至る事はなく。それが手の届く場所にあっては抗う事さえ難しい。この時、意を決した彼女は初めてレイシアの価値を認めた者になる。


そして翌日。


『ひ…姫様、ここ最近毎日お見かけしますが何をしてらっしゃるんですか?』


『…ごめんなさい。仕事の邪魔だったかしら…その…空いてる場所があれば移動するので…』


『いえいえいえいえ…!そういう事ではありません…!その、何を作っているのか気になって…』


『そうでしたか…これはその…コーヒーの淹れ方を…』


『…コーヒーと言うのは確か、異世界から持ち込まれた飲み物だったと記憶していますが…それをどうして姫様が?』


『…飲ませたい人がいます。その人がコーヒーを好きだと…そう言ったので…私がいつでも淹れてあげられたらと…』


『えっ…!?あのレイシア王女が誰かの為に!?しかも飲ませてあげたいからって理由で!?………あ…いや…その…これは…』


『構いません。そう言われても仕方のない振る舞いをしてきました。今更ですが…皆には申し訳なかったと思っています』


『…ひぃっ…か…顔を上げて下さい姫様…その…詳しくお話しを聞かせていただけますか』


そう言って腰を折る目の前の人物に一体何が起こったのか。話を聞いた彼女は所定の作業場所へ戻ると、すぐ横で黙々と手を動かす同僚にこう切り出した。


『こほんっ…ねぇ』


『…何よ』


『あなた美味しいコーヒーの淹れ方知ってる?』


『…………どうしたの?』


『いいから答えて』


『そうね。知らないあなたよりは美味しいコーヒーを淹れられるわ』


『…ちょっと来て』


『えっ!?ちょっと…何なのよ!ねぇ!?』


そうして、訳も分からないまま手を引かれ。間も無く女は、生贄を献上するように同僚を突き出した。


『姫様、この者がコーヒーの淹れ方を知っています』


『えっ………』


『ちょっと何よいきなり!?どういう事?』


『…っ!…お願いです!どうか私にコーヒーの淹れ方を教えて下さい!…お願いします!どうか…!』


あの荊姫が縋るような声を上げ、頭を下げる。その容易には受け入れ難い現実に目を剥き、思わず顔を向けた先。にたりと笑う首謀者が、顎をしゃくって指し示す。

綺麗なドレスに残る黒い染みと、手に負った火傷の痕。何もかもが分からないまま、誰にでも分かることがそこにはあった。


『………顔を上げて下さい姫様。…まずはエプロンの掛け方から教えなければなりませんね。…明日は今日よりも早い時間に来て下さい。それと、ドレスで来るのはおやめください』


『…それって……』


『良かったですね姫様。教えてくれるみたいですよ』


『っ…!ありがとうございます!』


あの日踏み出した小さな一歩。初めて捨てた自尊心。今はもうその意味が届かなくても。彼女の胸には始まりが、確かに在った。


「……す…すいません……その、これは泣いているのではなく…そう!目にごみが…!なので気にしないで下さい」


「…はぁ…お前がそう言うなら…一先ずは、そう言う事にしておこう…」


「はい…!それで夜神様、出立やこれからの予定など、何か考えている事はございますか?」


「…あぁ、出立は一週間後くらいを目処に考えているが…剣と魔法の世界だ。最低限、魔力の扱いには慣れておきたい。折角の異世界、やりたい事がない訳じゃないからな。それと、悪いが後で書庫に案内してくれ。一人で考えたい事もある」


その後、話は既定路線に舞い戻り。レイシアの問いに澱みなく答える。

城内や王都を見て回り、様々な人達と交流を深める。そんな些事に拘っている暇など、男にはない。

情報収集は急務。中でもやはり、自身の力について。何でも出来ると言われ、はいそうですかと。頷けるような性格であれば苦労はない。そして、その事を彼女はよく知っていた。


「畏まりました…では、私はその間に騎士団の方へ行き、訓練の予定など詳細を詰めてきます。…他に入り用の品があれば準備させますがどうなさいますか?」


(…恐らくは精霊と魔法に関する事を調べにいくのでしょう…大丈夫。例えあの本を目にしたところで、今の夜神様にとっては単なる紙束も同然。それよりも前回、私の部屋から持ち出された国内の地図。これは前提が一人なら今回も必ず必要になる。それに細工を…)


「いや、特に必要はないだろう」


「…え?」


「あ?…何だその間抜けた顔は」


「い…いえ、何でもありません。…続けて下さい」


「続けろったって…必要な物なんか食料と装備、あとは荷馬車くらいのものだろう。これらの中で、国に用立ててもらえない物を街に出て買うくらい…後は、冒険者登録か。路銀を稼ぐ手段は用意しておく必要があるだろう。…そんな事よりも、今は何より知識が欲しい。分かったらとっとと飯を食って書庫に行くぞ」


(…これは一体どういう…無論、全てが同じでない事くらいは理解している。でも、地図は夜神様が王都を出た後で必ず必要になる。私に気付かれないように後で手に入れるか…或いは、まだ一人で城を出る気がない…いずれにせよ、私は私に出来る事をするだけ…)


「はい…!」


纏わり付いて離れない、あの日の別離。もう二度と捨て置かれないよう歯車を噛み合わせ、望む未来へ。その為に、レイシアは全てを捧げてきた。

男の本意が何であれ、やるべき事は変わらない。レイシアは決意も新たに応えると、男の背を追う様に部屋を後にしたのだった。

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