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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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4.積み重ねるということ

翌日。


「ふぁ…ぁぁぁ…んぅ……」


「おはようございます夜神様。昨晩はゆっくりお休みになられましたか?」


「…そうだな。お前が部屋にいなければもう少しくらいはゆっくり寝れたかもな」


「ふふっ…私は夜神様の介添え人ですから。同じ部屋で寝るのは当然です。今後はゆっくりと寝れるよう、早く慣れて頂かないといけませんね。…飲み物を用意してきますので、少々お待ち下さい」


たったったった…


「はぁ…」


僅かな隙間も無く寄せられた寝台の上。極僅かな距離を挟んで見つめ合う二人。

人が違えば甘くとろけるような状況で、心底不快感を滲ませる夜神に対し、満面の笑みを向けるレイシア。既に着替えを済ませているところを見るに、男の寝顔でも眺めていたのだろう。彼女はベッドから降りると、間も無く部屋の外へと消えていった。


「どうぞ」


かちゃ…


「あぁ、悪いな。…これって…」


「ふふっ。召し上がってみて下さい」


それから程なくして。部屋へと戻ったレイシアが夜神の前に差し出したのは、湯気の立つ黒い液体が注がれたカップとミルク。そして受け皿に添えられた角砂糖と思しき何かだった。

女に促されカップに手を伸ばすと、不意に香る芳ばしい匂い。恐る恐ると口に運んだそれは、夜神の思う飲み物に相違なかった。


「…コーヒーか。異世界にもあるんだな。てっきり、こういう世界では紅茶が主流なのかと思っていたが…ん?どうした?」


「………え?あっ…いえ…夜神様の言うように、どちらかと言えば紅茶を好まれる人の方が多いですが、この世界にもコーヒーはございます。…何しろ、異世界の方が召喚される世界ですから。街に出れば見知った物もあるのではないでしょうか」


「そう言えばそうだったな。けど、紅茶が主流のこの世界で…なぜ俺がコーヒーを好むと思った。そんな話をした覚えはないが…」


「それでしたら…昨日お話した勇者様の事は覚えていますか?以前、彼等と…厳密には男性と女性、お一方ずつですが。そのお二人と話をした際、あちらの世界では朝にコーヒーを飲むのが一般的だと聞きましたので」


「…なるほど…まぁ、俺は朝でなくとも飲むくらいには好きだけどな…」


そうして、思い掛けず口にする事となった珈琲を手に味と香りを楽しみ、上機嫌に朝のひと時を過ごす。そんな男をちらちらと。手が伸びる度にそわそわと。先程から些か以上に挙動不審な態度を見せるレイシアの様子に違和感を覚える。

恐らくは自覚などないのだろう。試しに、女の前でカップを持ち上げると、彼女の視線はこれを追うように動きを見せた。


すっ…


「………………」


じー…


「ふっ…お前、幾ら何でも露骨に反応し過ぎだろう。…別段、これと言って変わった所は見当たらないが…何か特別な物なのか?」


「っ…いえ!すいません…!こちらの事ですから気にしないで下さい!」


「…まぁ、お前が何を考えていようとどうでもいいが…話のついでだ。一般的かどうかは知らないが、確かに俺の世界では男、特に成人を迎え外で働く者はコーヒーを好んで飲む事が多い。誰がどうしてこの世界に広げたかまでは興味もないが…偉大な先達に感謝くらいはしておこう」


「はい……」


かちゃ…


間抜けた顔と、真剣な目付きに思わず吹き出す男を見て、ようやく自身の行動を理解する。レイシアは恥ずかしさに頬を染め。夜神は、残りも僅かとなったカップを傾け話を締め括る。

それでもまだ、聞かせてはくれないのでしょうか。そんな言葉を噛み殺し、レイシアは夜神に笑みを返した。

これは二人にとって、ありふれた朝の一幕でなければならないと言い聞かせ、テーブルの下で拳を握る。今もなみなみと。溢れそうなカップにはたった一言で、全てが報われる程の愛が注がれていた。


二年前。

今とは違う、変わらぬ場所で。


『……………』


すた…すた…すた…


『…今日も…食事には殆ど手を付けていないのですね。…昨晩も、あまり眠れていないのではありませんか?』


『…何の用だ』


朝早く訪れた男の部屋で、辺りを見回し問い掛ける。女は置き捨てられた手付かずの料理を見つめると、次いで覇気もなく、虚な横顔に目を向けた。

その顔に、くっきりと浮かぶ不眠の証。窓辺に座り、いつまでも黄昏る男はまた遠くを見ながらこう吐き捨てた。


『…お前には関係ないだろう』


『申し訳ありませんが…大いに関係あります。これ以上、黙って見過ごす訳にはいきません。…少し待っていて下さい』


そう言って部屋を後にする女は、暫くすると手に何かを抱えて戻ってきた。


『どうぞ』


『騒々しいな…今度はなんだ』


『この国原産のハーブを使った紅茶です。…関係なくはありません。私は貴方が心配で眠れないのです…いいから何も言わず飲んで下さい』


『だから余計なお世話だと…』


『多少なり、眠れるようになれば考える時間も減るのではありませんか』


差し出された一杯の紅茶を前に、素気無く女をあしらおうとする男は、続く言葉に声を詰まらせた。


『………ちっ…』


すっ…


『…如何ですか?』


『…悪くない』


笑みを浮かべる女と、目の前のカップを交互に見つめ。ゆっくりと手を伸ばし、口元へ引き寄せる。女は、男の様子に胸を撫で下ろした。


『もう少しすれば気分も落ち着いてくると思います。…なのでそれまでは…今暫くここに居させて下さい』


そう言って目の前に腰を下ろす女を一瞥し、またカップを見つめ引き寄せる。冷えた心に染み渡る暖かさと、鼻を抜ける爽やかな香り。目を閉じて大きく息を吐くと、男は次第に心が楽になるのを感じた。


『……………』


『……………』


その後、言葉もないまま時は過ぎ。カップの底が見え始めると、長い沈黙に終わりが訪れる。


『……………俺の日常にはあいつが居て…朝はよく、コーヒーを入れてくれたんだ…』


それは、言葉に出来ない人の機微。今はただ傍にいてほしいと、男は想いを語り始める。

或いは女がもっと早く自身の変化を望んでいれば、正しく応える事が出来ただろう。今はその意味も分からず、ただ言葉を受け取る事しか出来なかった。


『……えっと…夜神様はコーヒーがお好きなんですか?』


『…………好きなのは間違いない。…いや、そうじゃなくてだな………何でもない。今のは忘れてくれ…』


空気さえも凍てつかせ、女が疑問符を浮かべて問い掛ける。その表情は屈託もなく。一瞬の混乱を経て口を衝く男は、込み上げる恥ずかしさに顔を覆って視線を逸らした。


『え…あの、つまり朝にコーヒーを入れるとは、どういう事ですか?』


『……だから…俺の一部だったって事だよ!』


『じゃあ、私が毎朝夜神様にコーヒーを入れたら…!』


『そうじゃなくてっ………はぁ…お前を相手にしてると調子どころか気まで狂いそうだ。…いいか、重要なのはコーヒーじゃなくて誰かと何かを積み重ねていく事だ。…それを失った悲しみを…ほんの少し、お前に聞いてもらいたくなっただけだ…』


知らず勢いを増す言葉に、もう何を言っても止まらない。そう悟り、言葉の本意を告げる男はこの時確かに、悲しみを忘れていた。

想い、事柄、日常、そして今、目の前にある存在さえ積み重なっていく。


『でも!と言う事はコーヒーを毎日入れる事も積み重ねになるんですよね?』


『あぁそうだな…誰かの当たり前になっていくと言う事は、良くも悪くも存在を押し付ける。それは情を育み、関係性にもよるが…場合によっては愛にも変わるだろう。…これで満足か?…と言うか…いい加減コーヒーから離れろよポンコツ姫!そしてさっさと部屋から出て行け!』


或いは二人にとって、これが積み重ねの始まりだったのかもしれない。


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