3.それは誰が為の
ばんっ…!!
『お父様!お父様!!』
『シャーリー、帰ってきたのか。それにしても随分と騒々し…』
『お父様!…夜神様は!夜神様はどこですか!?』
『…あの男なら数日前に忽然と姿を消した』
『そん…な…遅かった……』
精霊による魔力の暴走と発表された王城倒壊の原因がその実、元の世界に帰れないと知らされ激昂した夜神様だと聞いた時、私は彼がどのような人間かを理解した。
異世界の魔道具に描かれた夜神様と…その横で微笑む女性。一体どれ程の愛を注がれたらあのような顔で笑えるのか。…女なら、愛されてみたいと思うのは普通の事ではないでしょうか。
「私は…!お姉様が居なくなってから私がどれだけ…今更なんて卑怯です!」
「何と言われようと、譲るつもりはありません。全ては夜神様の為に…いえ…元よりこの場に貴方の居場所はありません。…陛下」
「…シャーリー、下がりなさい」
「っ…!?陛下…いえ、お父様には関係ない事です。これは私とお姉様の問題…」
「二度も言わせるな。下がれ」
「…お父様もご存じでしょう!?勇者様に相応しいのはお姉様ではなく、この私です!」
果たして。追い縋り、追い求め、追い付こうとした者と。私欲愛憎に塗れ本懐さえ遂げれられない者。両者の立つ位置に違いが無かろう筈もなく。玉座から浴びせられる叱責に怯み狼狽えながらも食い下がる。今に在っては聞くに堪えない空虚な言葉。これに対し、ラグダッザは一つの問いを投げ掛けた。
「…では聞こう。お前は異世界の勇者、柊夜神の為に何が出来る。いや…何をしてきた」
ざわ…ざわ…
「…………………」
(何だ…急に騎士達の様子が…それに、こいつらは一体何の話をしている…)
「陛下、それ以上は…」
「…分かっている」
「ぅ………………くっ…!」
広間に響く静かな声と、張り詰めた空気。それはまるで、忌避すべき厄災の訪れを窺うように。息を飲み、剣に手を掛ける者まで見て取れる。
違和の無い言葉。けれど異様な雰囲気の只中で。或いは何かを察し、訝しむ夜神を見て宰相と思しき男が苦言を呈す。
この間。僅かに数秒を数えるもシャーリーは二の句を継げず押し黙り。ラグダッザは視線を移すと、努めて厳かに口を開いた。
「…柊夜神、恥を晒すようではあるが…ご覧の通り、我が娘シャーリーが其方の為に出来る事は何もないそうだ。よって介添え人たる同行者はレイシアと言う事でいいだろうか」
「是非もありません。必ずや、姫をこの城までお送り致します」
「ふっ…送れるといいな」
「今、なんと…?」
「いや何でもない。さて、これにて謁見は終了とするが、出立の準備や基本的な魔力の扱い方など、やる事は多いだろう。城内の出入りは許可しておく」
かくして一悶着の末、幕を閉じた謁見は男に小さな疑問を抱かせるに止まり。ある者は胸を撫で、またある者は先の未来に想いを馳せながら。各々が自分達の居場所へと帰っていった。
城内執務室。
「…あれが柊夜神か……夢でも見ているのではないかと…今でも信じられん」
それから程なくして。後処理の為部屋へと戻ったラグダッザは、重い足取りで自身の机に向かうと、椅子に腰を下ろし、徐にそう呟いた。
「無理もありません。陛下は一度、あの異世界人に殴り飛ばされていますからね」
「…ふんっ、よく言うわ!お前こそ謁見の前は足を震わせていたくせに!」
そんな草臥れた国王に気の利いた相槌を打つのはルーウィン王国宰相ディルハーツ・ヘイン。見ての通り二人の付き合いは長く、公の場を除いてはこのように友人として言葉を交わす事も少なくない。国王にとっては心から信を置ける数少ない人物の一人。
「それは私に限らず一部の騎士も同様です。しかし…夕刻を過ぎた時間にあれだけの貴族が集まるなど…ふっ…姫様になんと脅されたのやら。…本当にお強くなられた」
「…笑うでない。…あの男がレイシアを変えてしまったのだろう。シャーリーではないが…今更変わらないでほしかったと口にするのは…いけない事か…」
今から十数年前。
『ねぇお父様、私は…精霊と契約する事が出来ないの?』
『…残念だが…お前の夢は叶わない』
不安気な表情で問い掛けるレイシアに私は…可能性を模索する事もせず。国の繁栄の為…いや、慣例や常識に囚われ、価値を見誤ったのだ。
『ぅ…うぅ……ぐす…ぅ…』
『………………』
部屋で泣き崩れる姿を見ても、声を掛けずに通り過ぎ。今ここに在るものが全てだと…切り捨てた。
…数年後、学院への入学を機に顔を合わせる事も少なくなり、遂には…後ろめたさ故に関わる事を避けるようになっていった。その結果。
『私に構わないでくれますか。…貴方達のように愚劣な人間を侍らせていては品位を疑われます』
『…いくら相手が男爵家の娘とは言え…あんな言い方をしなくても…何方のご令嬢なのかしら』
『あら、ご存知なくて?彼女はこの国の第一王女。見ての通り、辛辣なお人柄で有名よ。あの美貌に棘のある言葉…一部の方達からは荊姫と、そう呼ばれているらしいわ』
あの子は疎まれる事でしか存在意義を得られなかった。それが、自身に課せられた責務であると言うかのように…。
その後、学院を卒業してからもレイシアの言動が変わる事はなく。鋭い棘を撒き散らし、孤立した。
「私は…いや私が!もっとあの子に寄り添うべきだった…!別れを惜しむ間さえあるかも分からない。そんな状況になってからでないと気付けないものか…!」
「陛下…」
「ハーツよ…人とは愚かな生き物だな…」
ぽん…
「…今日は付き合いますよ」
喜びと哀しみと、後悔を胸に。哀愁漂う二人の初老はこの日、朝まで酒を酌み交わした。




