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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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9.思惑

翌日。城内練兵場にて。


「はぁっ!」


「ちぃっ…!」


がぎーーーんっ!


訓練とは。そう考える暇さえ無く。


「ふんっ!」


きーんっ!…きんっ!きんっ!がぎーんっ!


押し寄せる連撃に防戦を強いられ。


「ラピス…グランス…!」


「魔法なんてありかよ…!」


ずどどどどどどどっ!


放たれる石の弾幕を防ぎ、回避する。そして間も無く。舞い上がる土埃が場内を包み、二人の姿が消え入る間際。練兵場に姿を現したレイシアは、目の前の光景に言葉を失った。


「…これは………」


「あ、姫様」


「…アリア、これは一体どう言う事ですか?」


「見ての通り訓練です!」


「………………」


「く…訓練…です」


「…ちゃんと基礎は教えたのでしょうね?」


「そ…それは……」


それは。アリアが視線を逸らし、顔を引き攣らせる十分前の事。


「…来たな。これを使え、異世界人」


「これって……本物か?」


「そうだ。…魔力の扱いは言うほど難しくない。取り敢えず構えてみろ」


そう言って手渡された一振りの剣は重く。手入れはされているものの、所々に傷があり。より実戦的な訓練に使用される物である事は明白だった。

高まる緊張感。夜神は生まれて初めて握る剣の感触を確かめるように構えを取ると、次の言葉を待った。そして。


「こんな感じか…」


「よし…では今からお前を攻撃する。私が狙うのは首だ。目に魔力を集中させて防いでみろ」


「…は?」


一切の説明も無く。また一切の指導も無く発せられたよーいどん。続くジュレットの言葉は、男をして想像の埒外だった。


だっ…!


(無理に決まってんだろっ!てか不味い…これは死ん………いや、何だ…やけに動きが遅い…)


がきーんっ…!


「…なっ……!?」


(防いだ…のか…一体どうやって…)


瞬きの間に迫る確実な死を前に、身体の反射は思考を超えて動作へと至る。

何が起こったのか。まるで理解の追いつかない状況に困惑する夜神を見て、ジュレットは徐に口を開いた。


「…それが魔力だ」


「…いや……そんな事はわかっ……」


「魔力とは、魔力核から溢れる水のようなもの。今のように局所的、或いは全身を覆うことで身体を強化する事が出来る。それは手に持つ武器や防具も同じ。また、熟達した者なら魔力を薄く広げる事で遠く離れた気配を感じる事も出来る。…魔力の扱いはこの世界において基本であると同時に全て。まずは己の内にある魔力を感じろ。話は終わりだ…次はもう少し速く行くからよく見て捌け」


「だから…!それをやるにはどうすれば……っ!?」


(やばい…来るっ…!)


こうして、魔力どころか剣の扱いさえ知らぬ男に斬り掛かり、訓練の始まりを告げるジュレット。最早しのごの言ってる場合ではない。夜神は咄嗟に剣を構え攻撃を弾くと、即座に後方へ下がり距離を取った。

僅かにでも魔力を使いこなせれば、一方的と言う事はないだろう。防御を固め、継戦能力を底上げし、攻勢に転じる。その為にも、時間が欲しい。

幸いにも追い立てる気が無いらしいジュレットを窺い、次の一手を思案する男は次の瞬間。これが訓練とは名ばかりの何かである事を理解した。


「…おいおい…素人相手にそこまでやるか…」


狙いを定めるように左手を突き出し、放たれる石の弾丸。舞い上がる地煙に消え行く二人の男達。

これに至る経緯を語り、腰を折って謝罪を述べるアリアは、此度の訓練に隠されたジュレットの…いや、皆の想いを語り始めた。


「…はぁ…確かに、ジュレット騎士団長には全力でと言いましたが…夜神様を追い詰めるような事をすればどうなるか…」


「すいません…でも、許してあげて下さい。団長はあれで結構不器用なんです…」


「それはどういう…」


「……姫様…もうこの国には戻らないつもりなんですよね…」


「……………」


「私も団長も…そこまで馬鹿じゃありません。騎士団の皆なも、姫様の事を大切に思っています。…覚えていますか?姫様が初めて精霊契約を成した日の事を。…団長、まるで自分の事のように喜んでいたんですよ」


「……………」


「…頭では納得出来ても、心まではそう簡単にいきません。何故自分はあの時見捨ててしまったんだって…後悔していると話してました。あの時、姫様の支えになれていたら何かが変わったんじゃないかって。…今更引き止めはしませんが…せめて許して見てあげて下さい。…団長が、無様に負ける姿を…」


「アリア…」


あの日。揺るがぬ信念と、理想を持って国を導く姿を垣間見て、芽生えた忠義。

この人に仕え、護り、支えたい。そんな想いを抱くには、遅過ぎた。捨て置くには、眩し過ぎた。二度と戻らぬ別れを前に、尽くせぬ後悔が胸を刺す。

例え何を言われても、これが最後と言うならば。せめて貴女の一助となって見送りたい。

気を抜けば歪みそうになる表情を必死に堪え、アリアは精一杯、冗談めかして笑ってみせた。


一方。理不尽な攻勢を受け、窮地に追い込まれた夜神は、辺りを覆う土煙の中、兆しも見えない魔力の扱いに苦戦を強いられていた。


「さて…どうする。この状況を打破しなければ次の攻撃を防ぐ事は出来ないぞ」


「…そんな事を言われてもな。寧ろ俺が聞きたいくらいなんだが…」


「…本当に、掴み所の無い奴だ。しかし、姫様を任せる男がこの程度では私の心が納得しない。恨みも無いとは言わないが…縋る事さえ出来ないほどの現実を、私にもう一度見せてみろ」


「…やれやれ…」


(…こいつらにとって俺は、大事な姫様を掻っ攫っていく悪者という訳か。…随分と慕われているんだな。…まぁ、それはそれとして…一体これは何だ。いつからこうだった…)


危機感を煽り、言い放つジュレットの言葉に、ようやく合点がいったと溜め息を零す夜神。ジュレットが内に秘める想いと、此度の言動は、人と騎士の狭間を揺れる苦悩と葛藤に起因する。

忠誠を取れば想い果たせず。敬愛を取れば忠義尽くせず。後悔せずにと願うなら、他の全てを捨てねばならず。どれを取っても寂寥感が薄れる事などありはしない。

男をして形容し難い矛盾。それでも、ジュレットがどれだけ彼女を想っているかは理解出来る。どうやらこの、ふざけた茶番もあの女の為らしい事に薄く笑みを浮かべ。夜神はいつの間にか辺りに広がる不可解な現象に目を向けた。


(聴覚じゃない…視覚とも違うが…何だ…話し声…それに足音………揺らいでいるのは…もしかしてこいつの魔力か…)


薄闇に閉ざされた世界の中。響く雑音に意識を傾け、陽炎のように朧げな光の揺らめきを感じ理解する。己が内から溢れる魔力が世界と繋がっている事を。そして間も無く。それらが人の声となり、また人の姿を成していくと、魔力の扱いという本来の目的に僅かな手応えを得る。


(…思った以上に感覚的だな。水のようだと言った奴の言葉にも頷ける。…とは言えこのタイミング…偶然にしては出来過ぎているような気もするが…まぁいい。折角の機会だ。あの女が言うように色々と試させてもらうとしよう。…先ずは…そうだな、奴にこれまでの借りを返すとするか)


「…あいつの随伴は国王が決めた事だ。置いていっても構わないが…待っていればその内一人で帰ってくるさ。…それが死体であっても、俺の知った事じゃあないがな」


窮地に在って目覚めた魔力。まるで何処ぞの英雄譚と見紛う展開は、夜神にとってご都合主義もいいところ。当然、腑に落ちない点はある。が、今においては願ったり叶ったりとでも言うべきか。魔力の使用は直感的で、知覚さえ出来れば誰にでも扱う事が出来る。そう、本能が察すると同時に、訓練はその意義を失い始める。


これ以上、良いように嬲られ続けるのは癪に障る。同時に。全てが布石と言うならその思惑を見てみたい。夜神は全身に魔力を纏い、剣を強化し手応えを確かめると、ジュレットの逆鱗を無造作に撫でた。


だっ!


しゅっ…!


「ふざけるなぁっ!姫様がどれだけ貴様を…!」


果たして。露骨な誘いに姿を現し、猛然と斬り掛かるジュレット。その表情は怒りに歪み悍ましく。最早手加減など望むべくもないだろう。我を忘れ全力で振り下ろす一撃はしかし…練兵場に激しい剣戟を響かせるに止まった。


がぎーーんっ!…ぎ…ぎぎ……ぎ!


「なっ…に!?」


「…随分と安い挑発に乗るもんだ。そんなにあの女が大事か」


「くっ…!」


ざっ…!


(馬鹿な…!幾ら何でも早すぎる!…無意識…いや、この男の精霊か…!?魔法は使わないと聞いていたが…手出ししないとまでは言っていないという訳か…!?)


土埃が疾風に舞い、鍔迫り合いを演じる二人の姿が顕になると、ジュレットは尚も敵愾心を煽る男と視線を交わし、言いようのない怖気にすぐさまその場を飛び退いた。

男の目に浮かぶ自信。強烈な一撃を受けて微動だにしない余裕。もう既に、この男は魔力の扱い方を掴み始めている。そう直感が囁くと同時に、あの日の地獄が甦る。

ジュレットは震える自身の手を一瞥すると、深く息を吐いてこう切り出した。


「…ふぅ…異界の勇者よ。一つ、私に機会をくれないだろうか」


「…どういう意味だ」


「そう遠くない内、お前は私の遥か上をいく存在になるだろう。だが…今ならまだ手が届く。…もし、私がお前に勝ったら姫様の想いを無碍にはしないと約束してくれ」


(なるほど…これが狙いか。散々好き勝手した挙句とは…自分勝手も甚だしい。けどまぁ…全ては王女を想ばこそ。…不器用な男だ)


「…八つ当たりでは済まない殺意を向けていた割には控えめな望みだな」


「…それ以上を望む資格など、私にはない。だからせめて…姫様の描く未来を手繰り寄せてあげたい。…何の説明もなく悪かったな。けど、それももう必要ないだろう」


こうして、遂に明かされたジュレットの思惑。それはレイシアの為に夜神から言質を得るという、なんとも慎ましく健気なものだった。

とは言え。これまでの態度を考えれば知った事じゃないと切り捨てることも出来る立場。一考の末、夜神が出した答えは…。

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